第11話 ためらい 5
そういえば、アシの速足たちの長は見つかったのだろうか。
「長姫。アシの速足たちに聞いてくれ。長は見つかったのか?」
答えはノーだった。
「この部屋が塔のどのへんなのか、はっきりしないが。長たちがまとめて監禁されてるとしたら、この周辺かもしれない。彼らを助けだせれば、少しは戦力になる。そうだ。このランタンを使えば、望む場所を見られるんだったよな。少しのあいだ、さぐってみる。また、あとで話そう。それまで魔道に捕まらないように注意してくれ」
いったん、長姫との交信をたった。
あらためて、ディアディンは鏡をのぞきこむ。そこに映る影をみて、ディアディンはギョッとした。
金色のまき毛。
あざやかな青い瞳。
セオドリックの端麗な顔が、ディアディンをまっすぐ見つめている。
(リック——)
あの日の情景だ。
朝からの雨と風がますますひどくなり、外は嵐になっていた。
あの日、リックがやってきたのは、もう夕方になってから。
今でもわからないのだが、リックはあの日、なんのために来たのだろう。それでなくても、婚礼を間近にひかえ、リックは多忙だった。あまり外出もしていなかったのに。
窓をたたいて、ディアディンを外へ呼びだしたリックは、雨のなか、丘の一本杉にむかっていく。
「どうしたんだよ。もう暗くなるってのに。こんな天気でどこに行くんだ?」
ミュルトを愛人にしてひきとると言ったリックの申し出をことわったから、怒っているのだろうか。
「べつに……ただ、ちょっと会いたくなっただけ」
それはウソだ。
セオドリックの顔は大事な話があるときの表情だ。
「ねえ、ディアディン……」
リックが言いかけたとき、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
川の水音でかきけされそうな声だ。でも、なんとか聞きとれた。
「川のほうだ」
ディアディンはセオドリックと近くの川へ走っていった。増水した濁流がすごい速さで流れていく。となり街への対岸をむすぶ橋が崩れていた。
その橋のまんなかに、女が一人、うずくまっている。
「たすけて! たすけてえ!」
なぜ、こんな日にこんなところをうろついてるんだ——
ディアディンは舌うちした。
もろい木造の橋だ。
助けにいこうにも、橋はいくつにも分断されて流され、岸から遠く離れてしまっている。
とても、渡れる状態じゃない。街の人たちを呼んできて、ロープや舟を使うしかない。
ディアディンがそう考えた瞬間、リックが走りだしていた。濁流のなかに飛び石みたいになった橋の残骸にとび移る。
「なにしてるんだ! リック!」
やめとけよ、もどってこいと、ディアディンが止めるのも聞かず、リックは女のもとへ向かっていく。
女のもとに辿りつくと、その女の肩をだいて、今にも流されそうな橋の上をひきかえしてきた。
よかった。まにあいそうだ。
これなら、なんとか、橋が完全に流される前に——
「ディアディン、この人をそっちへ!」
ディアディンは岸から手をのばし、リックがつれてきた女の手をつかんだ。
そのあいだにも、橋の残骸はバラバラにくずれそうな、いやな音をたてている。
「リック! 早くこっちに飛びうつれ! その場所、もたないぞ!」
安心して失神した女を岸に寝かせ、ディアディンは叫ぶ。そのときには遅かった。
橋はリックをのせたまま、押しよせる水圧で分解されていく。
「リック——!」
ディアディンは手をのばした。
濁流に飲まれるリックの手に、あと少しで届く。
けれど……。
(とどかなかった。おれの手——)
翌朝、リックの死体が岸にあがった。思っていたより、ずっときれいな死顔だった。まるで、今にも目をひらいて、起きあがってきそうなほど……。
鏡のなかから、ディアディンを見つめるリックの顔は、そのときのものだ。なにか物言いたげな目をしている。
(やめてくれ。そんな目で、こっちを見るなよ)
ディアディンは月光のランタンをなげだして、うずくまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます