第11話 ためらい 6
どのくらい時間がたったろうか。
「ディアディンさま」
長姫の声が聞こえて、ディアディンは我にかえった。鏡のなかから、リックの影は消えていた。ほっとして、ディアディンは鏡をのぞいた。
ディアディンの顔をした長姫が心配そうに見つめている。
「長たちの居場所がわかりましたか?」
「……すまない。今すぐ、しらべる」
気をとりなおして意識を集中すると、今度はうまくいった。とらわれの長たちを見たいと念じていると、暗い牢ごくのなかに、いくつかの姿が見えた。
だが、思ったより数が少ない。長姫の話では大勢が捕まっているようだったのに、塔には五、六人しかいない。すでに魔道に殺されているのかもしれない。
(魔道にしてみれば、殺したことがバレなきゃいいんだからな)
計算高くて冷酷なヤツらしい。
念のため、ディアディンは塔内のようすを、ひとわたり鏡でたしかめた。
召しつかいをムチ打って、婚礼の準備をさせる魔道が見えた。
さらに、地下の最下層に、長たちのなれのはてらしき死体が
やはり、長たちの大部分は、すでに殺されていたのだ。
長さがしは残念な結果だったが、そのおかげで、ディアディンは塔の造りを
ディアディンが入れられているのは、ちょうど塔のまんなかあたりだ。
そして、長姫たちがいるのは地下の二層め。
「長姫。おれの声が聞こえるか?」
長姫たちは迷路に入りこんで困っていた。
「今から、おれの指示するとおりに動いてくれ」
鏡のなかからなら、迷路ぜんたいが見わたせる。階段に通じる道まで案内するのは簡単だった。
「——ああ、そこを左だ。しばらく、まっすぐで、今度は右。そこをまがれば階段だ」
「なんでもお見通しですのね」
うんうん。女言葉になってるぞ——と思いながら、
「ところで、塔内をくまなく調べてみたが、生きてる長はほんの五、六人だ。馬の精らしいのは、おれが見たかぎりではいなかった。地下に死体がたくさん転がっていた」
「そうですか……」
「魔道は婚礼のしたくで手いっぱいだ。今のうちに、生きてる長たちだけでも助けだそう。おれが長たちの部屋まで誘導する」
ディアディンはランタンの魔法を駆使して、長姫たちを地上にみちびいた。
洞くつを出て塔内に入ると、いっきに道は単純になる。
「ここからなら、わたくしの力だけでも迷わないでしょう」
「だが、そこからは魔道の目もある。むりやり働かされてる召しつかいも大勢いる。見つからないように注意してくれ」
ディアディンの指示で、まもなく一人めの長を助けだした。扉のカギは、アシの速足が自慢の脚力でけりこわした。さらに、二人、三人と助ける。
「大地の下の民。遠く飛ぶ民。流れに乗る民——みな、わたくしと同じ、弱きものをすべる長です。あなたの期待するほどの力にはなれないでしょう」
「まあ、万一のときは、その長たちと協力して、あなたは逃げだしてくれ。おれの心配はいらない。あんたが捕まってるより安全だ。いろんな意味でさ」
長姫は少女みたいに口をとがらせて、何か言いかけた。が、ディアディンはそれをさえぎる。
「それより、その近くに誰か捕まってる。そこから二つめの廊下を……」
鏡に映る長姫たちの姿が、言ったとおりに移動するのを、ディアディンは見つめた。
部屋のカギは例のとおり、扉ごと破壊する形で、アシの速足がやぶる。
扉がひらいた瞬間に、アシの速足が息をのんだ。
「長! 長ではありませんか。生きていらしたのですね」
馬の精たちの長だった。
銀のツノのひたい飾りをつけた白馬だ。
さっき、ディアディンが塔内をしらべたときには気づかなかったが、見おとしていたようだ。
「アシの速足か。よく来てくれたな」
「先日、私の兄もここへ来たはずです。長は会わなかったのですか?」
馬の長は無念げに目をふせる。その視線のさきに、小山のようなものがあった。よく見ると、それは馬の死がいらしかった。
「すまない。私を助けにきてくれたところを、魔道に見つかり……」
「にいさん……」
兄の遺体にすりよって、アシの速足は泣いた。
「ゆるしてくれ。アシの速足。私にはどうしようもなかった」
「長が無事だっただけで、兄は本望でしょう。さあ、魔道に見つかる前に、今度こそ逃げだしましょう」
アシの速足はりっぱな戦士だ。悲しみをおさえて、冷静にふるまった。長をつれて、すばやく逃げてくれたので、夜明けまでという、時間にかぎりのあるディアディンにはありがたかった。
「これで、とらわれの長たちは全員、助けたぞ。長たちをつれて、あんたは逃げてくれ。長姫」
「そんなことはできません」
「どうせ、さしたる戦力にならない長たちなら、足手まといになるだけだ。今、魔道はおれをあんただと思って気をゆるしている。きっと攻撃の機会はある。おれが一人で、なんとかしてやるから」
長姫は怒ったようだ。
「なぜです。あなたは一人でムチャばかり。なんのために、わたくしがともに来たのですか?」
「ケンカなら帰ってからしよう。あらそってるヒマはないぞ」
なだめておいて、ディアディンは塔の出口へとみちびいた。
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