第11話 ためらい 7
「そこまで来れば、あとはまっすぐ一本道だ。魔道も見あたらない」
鏡のなかの長姫たちは、最初に塔に入ったときの大きな扉の前までたどりついた。
そこまで来て、長姫はまた、ぐずる。
「やはり、わたくしは残ります」
「おねがいだから、わがままを言わないでくれ」
「なぜですか? もとはと言えば、わたくしたちの問題なのですよ。それをなぜ、ワガママなどと言うのです?」
こんなことをしているあいだにも、魔道にかぎつけられるかもしれない。
そう思うと、ディアディンの口調は荒くなる。
「わかりきってるだろ。あんたは足手まといなんだよ。ジャマしないで、お願いだから、おとなしく、おれに守られててくれ」
長姫が静かになったのは、腹をたてたからかもしれない。
しかし、とにかく、だまりこんで歩きだしたので、ディアディンはホッとした。
長姫たちは無事に扉の外へ出ていった。
(行ってくれたか。これでいい。もともと、おれはあんたが来ることに反対だった)
それより時間のほうが心配だ。
夜明けまでに魔道をたおさなければ、ディアディンは現実の世界で目がさめて、ここから消えてしまう。
とらわれの長姫が塔からいなくなれば、魔道は怒りくるって長姫の城へ復讐に行くだろう。
そのとき、部屋の外に誰かが近づいてきた。
扉がひらき、黒衣をかぶった魔道が入ってくる。
「したくができた。広間へ来い」
手をつかまれて、ひっぱっていかれるあいだも、ランタンだけは離さなかった。
「わたくしは結婚をみとめたわけではありませんよ」
「おまえは拒める立場にない。一門をみなごろしにされたくなければ、言うことを聞け」
まあ、ここはさからってもしかたない。
婚礼ともなれば、酒も出る。花むこを酔わせて、好機を待つ作戦でいくことにした。
せいぜい、おびえたふりをして、すなおについていく。
広間とやらは塔の最上階にあった。
趣味の悪いドクロや動物の骨、怪物の彫刻などが飾りたてられた薄暗い部屋だ。ロウソクのゆれる炎だけが室内をてらしている。
「そんなランタン、離してしまってはどうだ? おれは明るいのがキライだ」
「でも、これがなければ、わたくしは生きていられないのです。つねに月の光をあびていなければ」
でまかせを言うと、魔道は意外にも、ディアディンのウソを信じた。
「そうか。では、しかたない。まあ、すわれ。まずは祝いのうたげだ」
広間のまんなかに用意されたテーブルには、ならんで二つ席があった。その一方に、ディアディンはすわらされた。
テーブルの上には、材料不明のあやしげな料理がたくさんあった。
若い男だから肉は好物だが、魔物の肉じゃないかと思うと食欲もわかない。
「さあ、たんと食え。生き血もあるぞ」
「いえ。生き血は……」
「おれの酌が受けられないのか?」
そうは言っても、イヤなものはイヤだ。
だいたい、ディアディンなら、どうしても必要なら生き血も飲むが、本物の長姫が飲むはずがない。
「おゆるしください。わたくしは月の光と水しか食べられませんことよ」
「なんだ、そうか。つまらん」
わりと、あっさり魔道があきらめたので、ディアディンはひょうしぬけした。
(もっとネチネチ弱いものイジメするタイプかと思ったんだが、おれの勘違いか?)
花むこは一人で浮かれて、生き血を飲みはじめる。
もてない男なんだな。女がしらけてるぞ——と、内心、苦笑しながら、せっせと生き血を相手にすすめる。
こっちの世界では、生き血は酒より魔物を酔わせるものらしい。魔道は上きげんになっていた。
婚礼のそのときまで待たなければならないかと
したたかに酔った魔道は、テーブルにつっぷし、居眠りをはじめた。
すかさず、ディアディンはふところに忍ばせたナイフをとりだした。ためらいなく、魔道の心臓につきさす。
相手の死を確認するために、ディアディンは魔道の着ている黒衣をはいだ。
その下に隠されていた姿は、予想をうらぎって、ごく普通の悪しきものだ。
悪しきものにふつうと言うのも変だが、砦の魔物を一人で
もっと恐怖にふるえあがるような外見を、ディアディンは想像していたのだが。
しかし、たしかに死んでいる。
では、安心して帰ろうと歩きかけたとき、広間にかけこんでくる者があった。
「月のしずくさま! ごぶじですか?」
アシの速足と、よく走る民の長だ。
「やはり気になり、まいりました」
「まあ、ありがとう。ですが、もう終わりました。魔道はこのとおり」
ディアディンの示した魔道の死体を、アシの速足がのぞきこむ。
「これが魔道ですか? 思っていたより平凡なヤツですね」
「そうなんです」
二人が話していたときだ。
背後に馬の精の長が立った。
その瞬間、ディアディンは背すじが寒くなった。
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