第9話 まぼろしの海 3



 案内役はスノーホワイトの少女。

 でも、今夜のたのみごとはみんなが知っているらしい。

 地下へ向かうディアディンのあとに、どこからか大勢あらわれて、ゾロゾロとついてくる。


 これまでに、ディアディンが助けてやった連中だ。

 ジャイアント族。スノーホワイト族。シルバースター族。バラの精。白蛇の精。時計の精。

 みんな、見物にやってきたのだ。


「小隊長がトレジャーの洞くつに挑むんだってさ」

「あのお客さまの宝をとりにいくのか」

「成功するかな」

「どうかな。トレジャーは、うんと強いし……」


「きっと、やってくれるよ。小隊長はあの恐ろしい赤服の巨人をやっつけてくれたし」

「それに、われらの宿敵ピクチャー族だって倒してくれたんだ。小隊長ならできるよ」

「がんばってくださいね。小隊長。ぶじに帰ってくるまで、みんなで待ってます」


 応援してくれる気があるのはいいのだが、これだけ大勢で押しかけていけば、いくらなんでもトレジャー族に気づかれてしまう。

 気持ちはありがたいが、ここで帰ってくれと言おうとして、ディアディンは気が変わった。

 いっそ、この状況を利用してやろう。


「洞くつに着く前に聞いておきたいんだが、洞くつに挑むさい、禁止されてることはあるか? たとえば、トレジャー族をなぐってはいけないとか」


 すると、シルバースターの美女(以前、案内してくれた巨乳)が教えてくれる。


「なぐったり蹴ったりなんかは自由ですよ。どうせ人間の剣はトレジャー族には歯が立ちませんから」


 スノーホワイトの女の子が地団駄じだんだをふんだ。


「だめェっ。ぼくが案内をまかされてるんだから、ぼくが説明するんです。ぼくの役をとらないでよ」

「説明くらいさせてくれてもいいじゃないの。けちっ」

「ケチでもなんでも、ぼくが小隊長のお役に立つんです」

「なによ。わたしだって」


 ディアディンのとりあいを始めるので苦笑した。


「まあまあ。ケンカしてるヒマはない。ここはシルバースターのおまえが説明してくれ」


 ぷくっと、ハツカネズミの精霊がふくれる。


 その耳もとに、

「おまえには、あとでもっと役に立ってもらうから」


 言うと、機嫌が直った。


「それで、洞くつに挑む心構えなんだが、なかでしてはいけないことは?」

「いけないことは、とくにないです。でも、トレジャーたちは、こっちが攻撃すると攻撃してきますし、姿を見れば追いかけてきますよ」


「見つかったとたんに襲ってくるんじゃないのか?」

「トレジャーの宝物を持ってないかぎり、襲ってはきません。ただ行動をみはってるだけです」

「それはいい」


「そうですか? どこまでも、どこまでも、追いまわしてくるんですよ?」

「逃げられないのかな」


「ムリですね。彼らはものすごく目も耳も鼻もいいですから」

「やけにくわしいな」

「じつは以前、キラキラがほしくて、わたしも挑戦してみたんです」


 と言って、シルバースターの女はため息をつく。


「だけど、入ってすぐに見つかっちゃって。恐れをなして逃げだしました。まあ、あのときは宝を盗む前だったから、すんなり出してくれましたが」


 ディアディンはある作戦を思いついた。


「じゃあ、最後にもうひとつだけ聞かせてくれ。この挑戦は何度でもできるのか? 一人一回と決まっているとか?」

「そんな決まりはありません。もっとも、みんなトレジャーを恐れているので、何度も挑戦したりしないですけどね」


 ディアディンは笑った。


「おまえたちは、ほんとに正直だな」

「もちろん! 正直はいいことです」


 巨乳美女がゆたかな胸をはって言いきった。


 そのころには一同、地下の洞くつ前に到着していた。


 地下は幻想的に美しい。鍾乳しょうにゅう石におおわれ、どこからか入りこむ月光があたりじゅうに反射している。

 洞くつのなかは光ゴケが発光し、さらに明るい。灯火がなくても充分、人間の目でもこまらない。

 このなかに恐ろしい宝の番人がいるとは思えないほどだ。


「出てくるときジャマになるから、見物人は少しさがってろ。いいか? どんなことがあっても、絶対にここから一歩も前に出るなよ。たとえ、おれが失敗して、なかのやつにつかまったとしてもだ」


 洞くつから十歩ほど離れたところで通せんぼして、ディアディンはとりまきたちに誓わせた。


 そのあと手招きして、案内のスノーホワイトの少女だけ呼びよせる。


「おまえは、おれの役に立ちたいんだったよな?」

「はい! なんでも言いつけてください」


 兵隊のマネなんかして敬礼している。


「そういえば、名前は? まだ聞いてなかった」

「白しっぽです。隊長」


 しっぽどころか、全身、まっしろなくせに——と思いつつ、

「じゃあ、白しっぽ。おまえにひじょうに重要な任務をあたえる」

「ニンムって、なんですか?」

「……ああ、まあ、だから仕事だ」

「はいはい」


「これから、おれは洞くつに入る」

「はい」


「おまえは、おれが洞くつに入って、しばらくしたら追ってこい。トレジャー族は、今は一人しかいないんだろ。おれがやつの目をひきつけておく。そのあいだに、おまえは長姫の客の宝物を——わかったな?」


 ネズミの心臓には、これは許容量をこえる恐怖だったらしい。

 アリの心臓より小さな度胸だ。

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