第9話 まぼろしの海 4



「そ……そんなあ。ムリぃ。いくらなんでも、そんなの、ぼく、ムリ。小隊長は知らないだろうけど、トレジャー族って、ほんとに鼻がいいんですよ。ぼくが入ってったらすぐに気づかれますよぉ。見つからないように宝を奪って出てくるなんて、とてもできません」


 ディアディンはニヤニヤ笑って、ふところに手を入れると、ハツカネズミの精にむかって香水をふきかけた。それから、自分にも。


「わあッ。何するんですかっ。ぼくを変な匂いにして!」

「失礼だな。おれが妹に送ってやるつもりで買った香水だぞ。高いんだからな」

「うう……人間くさい。ぼくの匂いがしなくなっちゃった」


「だからいいんじゃないか。これで、おれとおまえは同じ匂いになった。おまえがこっそり、おれのあとについてきても、トレジャー族に気づかれない」

「ああ。そうか」


 初めて気づいたようで、ぽん、と手を打つ。


「これで怖くなくなったろ? 手伝ってくれるよな?」


「うう……スノーホワイト族には、もう人質と交換できる宝がないんですよ。前は食べても食べてもへらない魔法のチーズがあったんだけど、白耳が挑戦に失敗して召使いになったとき、さしだしちゃったから。今度、失敗したら、ぼくは一生、トレジャー族にこきつかわれるんだ。そんなの、ぼく、悲しいよ」


「だから、おれが、おとりになるんじゃないか。まあ、どうしてもダメと言うんならしょうがない。さっきのシルバースター族のやつに頼むか。あいつなら一度は洞くつに入ってるから、勇気はあるだろうからな」


「ああッ、なんですか、それ。ぼくがいくじなしだって言うんですか? いいですよ。やります。ぼくだって、それくらいできるんですからね」


 うまく、のせられている。


(まあ、これで成功すれば、それでもいいか)


 ディアディンは白しっぽに、トレジャー族に見つからないようにと厳重注意しておいて、洞くつのなかへと入っていった。


 見物人たちは剣劇が始まるのを期待していたろうが、そういうふうには進まない。

 ディアディンは無造作に足音をたてて奥へ向かっていくと、口笛さえ吹いて、みずから番人を呼びよせる。


 ズシン、ズシンと、奥から地ひびきが近づいてきた。宝の番人が姿をあらわす。


 その姿をひとめ見て、まともに戦う作戦をたてなくてよかったと、心から思う。どう見ても、それは人間が太刀打ちできる相手ではなかった。


 以前、ジャイアント族に頼まれて巨人を倒したが、あれより、はるかに大きな怪鳥だ。

 ワシの上半身と、獅子の下半身。

 黄金を守るという伝説のバケモノに、こんなのがいた気がする。

 羽毛は黄金細工のヨロイのように、見るからに固そうだ。人間の剣では歯が立たないと言われるのも、うなずける。


「悪いな。ジャマしてるぞ。おまえの宝を盗みに来た」


 気軽に声をかけると、怪鳥は、うろんげに首をかしげた。


 これまでトレジャーの宝を盗みにきた者たちは、息さえひそめて忍びこみ、番人の監視をくぐって、宝を持ちだすことしかしなかったのだろう。

 堂々と盗みを宣言するドロボーに、とまどっているのだ。


「さあ、おまえの宝のありかに案内してくれ。案内がなくても、かってに探しまわるけどな」


 迷うほどのことはなかった。洞くつの構造は、じつに単純な一本道が続いているだけだ。

 ディアディンは口笛をふいたり、怪鳥に話しかけたりしながら、奥へ進んでいった。

 今のところ、白しっぽは上手につけてきているようだ。姿が見えない。


「くだり坂になってきたな。このさきが宝物庫か?」


 クルルゥ……と、こまりはてたような声をだして、怪鳥はついてくる。

 そういえば、この一族は人型に化身できないようだ。

 人の言葉も話せないのだろう。

 能力が戦闘に特化していると見た。


 くだり坂にかかるところで、ディアディンの目の高さに通風口のような穴が壁にあいていた。それほど大きくはないが、こがらな子どもなら出入りできそうだ。もしかすると、ジャイアント族の少女が宝を持ちさるときに作った穴かもしれない。


 すぐ後ろをついてくる怪鳥の手前、立ち止まることなく通りすぎた。


 穴の向こうの光景は、まもなく見ることができた。ゆるやかなカーブの坂のさきに広い空間があった。天井も高く、砦の大広間くらい広い。


 出入り口は坂に続く一カ所だけ。

 魔法のランプの光のなかに、宝石や黄金が山のようにつみあげられて輝いている。


 それにまじって、椅子だのテーブルだのの家具類、剣などの武器防具類、服、ナベ、カマといった魔法具らしきものがある。


 まちがいなく、ボロぞうきんにしか見えないものもあるが、ああいうものこそ、すごい魔法の使える貴重な品なのかもしれない。

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