第9話 まぼろしの海 5



 宝の山は出入り口から言うと奥側。残りの半分が番人の居住スペースだ。

 番人が座るところだけ、ほし草が敷かれている。ふだんはそこに陣どって、侵入者を待ちかまえているのだ。

 番人の前を通らないでは、宝のありかへたどりつけなくなっている。


 ディアディンはその場所をくまなくながめた。

 すると、宝の山のてっぺん近くの壁に、ぽつりと小さな穴があるのを見つけた。くだり坂の途中にあった、あの穴だ。


(はあん……白しっぽが、ちゃんとアレに気づくかな)


 とりあえず、全体は見たので、ディアディンは怪鳥をふりかえる。


「なあ? 宝に手をふれさえしなければ、まだ盗んだことにはならないんだろ?」


 やりにくそうに、怪鳥はうなずいた。


「なら、なかに入るのは自由だな。もっと近くで見せてもらおうか。どの宝をもらってくか、じっくり選んでから決めなきゃな」


 くふぁーっと、怪鳥が吐きだしたのは、ため息だったのかもしれない。変なやつが来てしまったなあと思っているのだ。


「宝石や黄金は富として持ってるか、貨幣と交換して使うしかない。使いきると、それきりだ。やっぱり魔法の使える魔法具がいいよな。おまえが人間の言葉を話せたらなあ。どの品物に、どんな魔法の効果があるのか聞いたのに」


「ウークークルクルピー」

「おまえ、腹くだしたみたいな音、たてるなよ」


「クルックルールー!」

「今のは、わかった。腹くだしとはなんだ! と言ったんだな。おこるなよ。かわいい冗談だ」

「クゥルールゥ?」


 わかったような、わからないような会話をつづける。


 そうしながら、そのへんの宝をさして、あれはなんだ、これはなんだ、ちょっとクチバシで持ちあげてくれと、怪鳥の気を自分にひきつける。


 そして、余念なく例の穴をうかがっていると、待ちに待った白しっぽの顔がのぞいた。こっちを見おろしている。いちおう、それくらいの機転はあるらしい。


(よしよし。ちゃんと穴に気づいたな)


 たのまれた石うすがどのへんにあるかはわからない。が、最近に落としたらしいから、この山の表面のどこかにあるだろう。うまくすれば、すぐに見つかって、白しっぽが持っていってくれるかもしれない。


 ディアディンは怪鳥の気を、さらに自分にだけ向けるため、奥の手をだした。


「アレコレありすぎて、なんか、疲れてきた。気分転換にカードでもしないか?」


 ふところからカードをとりだす。カードやサイコロは、傭兵の数少ない娯楽だ。


 ディアディンはサイコロより、いかさまのしやすいカードのほうが好きだ。部下から有り金をしぼりとってもおもしろくないので、砦でイカサマはしないが、カードを持ち歩くのは傭兵のたしなみだ。


 もっとも、カードはともかく、香水をもっていたのは、たまたまだった。どうやら、今夜、自分はついている。


「あれ? カード、見たことないのか? しょうがないな。カードの説明からしなけりゃいけないのか」


 ディアディンは怪鳥の前にカードをひろげてみせ、ときおり、かんたんな手品をおりまぜながら、遊びかたを教えてやる。

 おかげで宝の番人の目は、大切な宝から離れ、ディアディンの手元に釘づけだ。


「だいたい、わかったろ? じっさいに遊んでみよう。最初は温情で、おまえがルールになれるまで、賭けはなしにしてやるよ」


 さきに壁にもたれて座ったのは、怪鳥が宝に背をむける位置に誘導するためだ。


 むかいあって座ると、ディアディンからは、天井付近の穴から這いだしてくる白しっぽがよく見える。正体がネズミなだけに、岩肌のでっぱりに手足をかけて、じょうずに下りてくる。


 ディアディンがカードを切るあいだに、白しっぽは宝の山におりたった。

 目的の石うすは、上から見たときに目星をつけていたらしい。音もなく宝の上を走ると、灰色の石ころのようなものをひろいあげた。

 ふだん、人間の目を盗んで、台所から小麦をかっさらっているだけに、なれたものだ。


 あとは来たときと同じく、壁をよじのぼって穴から出ていけばいい。


(これなら、万一のときの作戦は必要なかったかな)


 万一の、というより、ディアディンの作戦はそっちがメインだった。


 長姫の眷族は悪いやつらではないが幼稚だし、どこか頼りない。

 まあ、そんなだから、ディアディンをたよってくるハメになるのだ。


 今回も白しっぽに任せきりではどうせムリだろうと、たかをくくっていた。

 でも、あんがい、思っていた以上の働きを、白しっぽはしてくれた。


「番人には手がないんだっけ。おれに見えないよう、手札を置いとく机が必要か。その手札、まだ、かくしとけよ。今、そこの机をはこんできてやる。今は運ぶだけで盗むわけじゃないからな。おれをつかまえたりするなよ」


 手札をくわえたまま、怪鳥がうなずく。


 すばやく、白しっぽは宝のかげに隠れた。それを見すまして、ディアディンは金銀財宝に埋もれた机をはこんでくる。


 そのあと、ディアディンは宝の番人と勝負を数回した。勝負は勝ったり、負けたり。


 番人は初めてのカード遊びに夢中になっている。

 これなら作戦二で考えていた、イカサマギャンブルでお宝をまきあげるというのも充分いけそうだ。

 いつか宝の強だつに再戦のチャンスがあれば、この作戦を使ってもいい。


 さあ、白しっぽもとっくに洞くつから出ていっただろう。

 と思って、ディアディンが顔をあげると、おどろいたことに、白しっぽはまだ宝の山にいた。しきりにキョロキョロ、何かを探している。

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