第9話 まぼろしの海 6



(何してるんだ、あいつ。さっさと逃げなきゃ、ダメじゃないか)


 心のなかで悪態をついて、ふと思いだす。


(そうか。一族の宝の魔法のチーズがどうとか言ってたな……ったく)


 チーズをさがして、いまだにウロウロしているのだ。


 しかたがないので、ディアディンは番人の気をそらすために、なんの得にもならないカード遊びをくりかえした。


 長い一人暮らしで退屈してたのか、番人はカード遊びに我を忘れているから、その点はいい。

 だが、白しっぽの動きを目で追うディアディンは気が気じゃない。


 夜明けになったら、ディアディンは目がさめて、この世界から消えてしまうことに、白しっぽは気づいているのだろうか。

 こつぜんとディアディンが消えてしまったら、そのあと一人きりになった白しっぽは、そくざに番人に捕らえられてしまうということを。


 しょうがなく、ディアディンは助け舟をだした。


「なんか、腹がへってきた。チーズが食いたいなあ」


 番人は機嫌がいいから、気前もいい。ひょいと首を後ろに向ける(その瞬間に白しっぽは宝のかげに隠れた)。

 スノーホワイト族の宝、食べてもなくならない魔法のチーズを、山のなかから掘りだした。それを、ディアディンの前にさしだす。


「へえ。ごちそうしてくれるって?」


 ネズミの宝だから、味は期待してなかったが、少し割って食べてみると、いがいと、うまい。いや、かなり、うまい。わっても、わっても、もとのほうは小さくならないし、なるほど、魔法のチーズだ。


 怪鳥のうしろで、白しっぽが、うらやましそうに指をくわえていた。


「ああ、うまかった。ありがとう」


 ディアディンが返した魔法のチーズを、番人はまた首をひねって、宝の山のてっぺんに戻す。

 番人が背をむけたとたんに、白しっぽはチーズにとびついた。


(さあ、それを持って、さっさと逃げろ)


 だが、そのあとがいけない。


 これだけ時間をくったのだから、急いで出ていけばいいものを、白しっぽは大好きなチーズを前にして、どうにもガマンならなくなったらしい。

 その場で、チーズにかぶりついた。


 そのひょうしに、いきおいあまって、チーズが白しっぽの手から、すべりおちる。宝の山をころがった。

 この瞬間、チーズしか眼中にない白しっぽは、コロコロころがるチーズをむじゃきに追いかけてくる。


 あッ、バカ——

 と、思ったときには、もう遅い。

 チーズは白しっぽに、白しっぽは番人につかまっていた。怪鳥のクチバシに首ねっこをつかまれて、白しっぽは初めて青くなった。


(おまえたちときたら、なんでこう世話がやけるんだ)


 見すてて逃げだしたい気分だ。が、白しっぽをひきこんだのは、ディアディンだ。いたしかたない。


「ジャマが入ったな。カードはここまでにするか。なあ、番人。今日は気が変わったから、もう帰る」


 ディアディンはカードをふところにしまって立ちあがる。


 泣きわめく白しっぽをくわえたまま、番人もドシン、ドシンと地ひびきをたててついてくる。ディアディンがほんとに洞くつから出ていくまで、ついてくるつもりなのだ。そのほうがディアディンも好都合だ。


 坂をあがり、出口までの一本道を半分ほど来たところで、ディアディンは後ろをふりかえった。


「なあ、おい。その子ども、おろしてやってくれないか。泣き声がうるさくてしょうがないんだ」

「うるさいって、なんですか! ひどいよ。ウソつき。人でなし。ぼくのこと見すてるんだぁー!」

「チーズに目がくらんだくせに、おれのせいにするな」

「うう……」


 番人もくわえているのがメンドウになってきたのか、おろすことはおろした。


 白しっぽは泣きながらチーズをかじって、ディアディンと番人のあいだを、トボトボついてくる。


「悲しい。でも、おいしいッ!」

「けっこう、見あげた根性してるな」


 洞くつの入口が見えてきた。

 外にはあいかわらず、大勢が集まっている。

 あと数十歩で外というところで、白しっぽの泣き声が大きくなった。


「ああーん! ぼく、つかまっちゃったから、ここからさきに進めない。歩いても歩いても、前に行けないよ!」

「かわいそうにな。あそこで見てるおまえの一族に、しっかり別れを言っとくんだぞ」

「ひどいッ」


 泣きわめいている白しっぽを残して、ディアディンは笑って外へ向かう。


 事実、この世の終わりみたいに泣いてる白しっぽが、おかしくてたまらない。

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