第9話 まぼろしの海 2



「トレジャー族は本来、穏和で友好的です。ところが、彼らにはちょっと変わった性質があります。彼らは宝石と同じくらい、知恵と力と勇気のある者が大好きなのです。それで、彼らの気に入った者にだけ、宝をわけあたえます。

 つまり、彼らの宝を手に入れるためには、力、知恵、勇気のいずれかを示して、彼らから、うばいとらねばなりません。われら眷族の長たるわたくしでも、それは例外ではないのです」


「……こまったヤツらだな。じゃあ、なんで、そんなヤツのいるところへ、その客はノコノコ出向いていったんだ?」

「彼女たちの一族が城へ遊びに来るときは、いつも地下から来るのです。でないと大変なことになりますから」


「ふうん。宝の番人がよく出入りをゆるしてるな」

「宝の洞くつ以外の出入りは、誰でも自由にできます」


 長姫は事情を説明する。


「彼女がそれを落としたとき、われらが総出で探したけれど見つかりませんでした。おそらく、トレジャーがひろって、洞くつのなかへ持ち帰ったのでしょう。いったん洞くつのなかへ持ち去られたものは、トレジャーのものです。とりもどすには奪いとるしかありません」

「そういうことか」


「以前、ジャイアント族の少女が、トレジャーの宝を持ちだすことに成功したのです。洞くつの壁を外から掘って、こっそり宝をとってきました。壁ほりはあの一族の得意技ですから。でも、あのときの穴は、すでにトレジャーが埋めてしまいました」


「なるほど。そういう方法でもいいわけか。知恵と力、それに勇気も示したことになるな。あの小さなジャイアントが恐ろしい番人に立ち向かったんだから」


「おかげで、ジャイアント族は、いつでも草木に花を咲かせられる水差しを手に入れました。その水差しで水をやると、草木は季節に関係なく、花を咲かせます。ジャイアントの大好きな甘い蜜をだしてくれる花を、冬にも咲かせることができて、彼らはとても喜んでいましたよ」


 ディアディンはおどろいた。


「トレジャー族の宝って、魔法具なのか?」

「すべてがそうではありませんが、魔法具も多いです。それをつけるだけで、あらゆる動物の言葉がわかるようになる指輪。テーブルにひろげるだけで、ごちそうが出てくるテーブルクロス。なかにコインを入れて叩くと、倍々に増えていくフクロですとかが、以前、人間の世界に持ちだされました。ほかにも、もっと便利なものがたくさんありますよ」


「おれはまた、シルバースター族の宝みたいなもんかと思ってた」


 長姫が笑うのは、シルバースターの正体がカラスだからだ。

 以前、シルバースターから貰ったビー玉は、まだディアディンの机の引き出しに入っている。


「トレジャー族の宝は正真正銘の宝石や魔法具です。人間の世界に持ちだしても、その力は変わりません。トレジャー族の宝は、洞くつから一歩でも持ちだせれば、いくつでも、とってきてよいのです。ほしいものがあれば、お好きなだけ持ちだしてください。お願いできますか?」


 危険だけれど、うまい話——というのは、こういうことか。

 たしかに、叩けば叩くだけ金貨の増えるフクロは、ディアディンでなくても、たいがいの人間がほしいはず。


「だけど、トレジャー族は腕力も魔力も強い種族なんだろ? 失敗したらどうなるんだ?」


「われら眷族の場合は、つかまったが最後、トレジャー族の召使いです。洞くつから出してもらえません。解放してもらうには、種族の宝石や黄金などと交換してもらうしかありません。または、トレジャーの宝と同じように、誰かに洞くつからつれだしてもらうのですね。

 人間の場合は、トレジャーが気に入れば、客として、もてなしてはくれますが、やはり、洞くつからは出られません。気に入らなければ、森にほうりだされます。悪しきものは殺されます」


「けっこう、シビアだな。砦の外にほうりだされたら、魔物に襲われて死ぬぞ」

「それだけの勇気をしめさなければなりませんから。やっていただけますか?」

「しかしなあ……生死をかけるのは割りにあわないだろ。いくら便利な宝をとりほうだいでも」


 おやおや。おれは死にたいんじゃなかったっけ?


「このままでは、お客さまが死んでしまいます。ここには彼女の生きていける海水が、もうこれだけしかないのです」


 貝がらの盃をささげて、たよりきった目で見つめられれば、イヤとは言いづらい。毎度のことながら。


「わかったよ。いちおう試してみる。その客の大切なものって?」

「小さな石うすです」

「石うす?」

「片手でにぎれるくらい、ほんとに小さな石うすです。見ためもキレイではありませんが、とても大切なものです」


「まあ、小さいほうが持ち運びはしやすい。じゃあ、地下に案内してもらおうか。洞くつの入口まで」

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