第二話 食いしん坊なオバケ
第2話 食いしん坊なオバケ 1
林のなかのアリの巣の前に、砂糖を袋ごと置くディアディンを、背後から部下のアンゼルがながめている。
ついてきてもいいが笑うなよと、前もって言っておいたのに、アンゼルはクスクス笑いが止まらない。
三つ年上のこの部下は、ディアディンが砦に来たばかりのころから、何かと親切にしてくれた。生来が、おせっかいなタチなのかもしれない。
「隊長がアリにエサをやるほど、童心にあふれた人だとは思いませんでしたよ」
「そんなんじゃない。おれの作戦のせいで飢え死にしたと言われたら、迷惑なだけだ」
アンゼルは首をかしげた。
先月の満月の夜、魔物の長にたのまれて、アリの巣をあらす毒グモを退治してやったんだ——なんて言ったところで、信じてはもらえまい。ディアディン自身、信じがたいのだから。
砦には魔法使いもいれば、不思議なこともいくらでも起こる。
が、それにしても、先月、ディアディンが体験したようなことは、あまりにも……ほのぼのしすぎている。一瞬の油断が死をまねく砦の日常からは、かけはなれすぎているのだ。
(今夜はまた満月か。あの夢のなかで、長姫は他にも、おれに頼みがあるようだった。今夜もお呼びがかかるかな?)
美しい姫だった。
魔物たちの言う礼など、どうでもいいが、もう一度、姫に会ってみたいという気持ちはある。
どうせ魔物のことだから、真の姿ではあるまいが。
緑衣をきた小人が緑色のアリだったから、おそらく姫も何かの化身。
この城のどこかに、姫も昼間の姿で存在しているに違いない。
むろん、あれはすべて夢で、たまたま夢を見た朝に、似たような色形の虫たちを見ただけのことかもしれない。
そんなことを考えながら、ディアディンはアンゼルと食堂へ向かった。
一万の砦の兵士の胃袋をあずかる食堂は、本丸の一階にある。
食堂へ行くとちゅう、アンゼルは急に笑いだした。
「なんだ? おまえ。まだ、さっきのこと笑ってるのか? しまいには怒るぞ」
アンゼルはあわてて手をふった。
「ちがいますよ。ウワサ話を思いだしたんです」
アンゼルは人なつこい性格のおかげで、他の隊にも大勢、知り合いがいる。けっこう耳ざとい。
「近ごろ、食堂に幽霊が出るそうです」
そこで、なぜまた笑うのか。
ふつう、幽霊の話はゾッとしながらするものだ。
「それが笑えるんだけど、先月、急死した、ドーンの亡霊らしいんです」
そう言われれば、なぜ笑うのか、なんとなく納得できた。
食堂で働くコックや給仕は多いので、兵隊がその全員の顔や名前を知っているわけではない。
でも、ドーンは特別だ。
ぽっちゃり太めのドーンは、いつも盗み食いして、まかない長に怒られていた。砦では有名な食いしん坊だ。
愛きょうがあったので、兵士にも人気があったが、先月、急な腹痛をうったえて死亡した。
食いすぎじゃないか——なんて言う者まであったが、急性盲腸炎というやつだったらしい。
「そうか。ドーンのな。やっぱり食堂から離れないのか」
「真夜中になると、厨房をはいかいするんだそうです。みれんがましい目つきで、食料を見ながら」
「
恐ろしいまでの食べ物への執着。
どおりで笑い話になるはずだ。
「まあ、おれたちの生活には、かかわりないからいいですけど。調理人たちが朝の仕込みを恐れるので、まかない長は困ってるみたいです」
そんな話を聞いたばかりだった。
その夜、ディアディンのもとに迎えが来た。
扉をたたく音で、ディアディンが目をさますと、部屋の外に、女の子が立っていた。
もこもこした白い毛皮の服(信じられないことに、股下に布がない! 同じモコモコのくつしたをはいているが、ふとももはむきだし)を着た小柄な少女だ。
服も白いが、髪も白い。
目は赤いから、アルビノだ。
やっぱり顔立ちはカワイイ(ただし貧乳)。
「あるじが待っております。おいでください」
少女がよく通る高い声で告げても、ベッドにころがった部下たちは、いっこうに目をさまさない。
「行こう」
二度めなので、ディアディンもなれていた。しっかりと剣を持っていたが、今回、武器は必要なかった。
今度も、いつもと違う迷宮みたいな砦のなかをつれられて、麗しい長姫のもとへ辿りついた。
今夜も月光がこうこうと姫をてらしている。
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