最終話 月は満ちて 8

 *



 五年後——


「ほんとうに行くの? おにいちゃん。いくら騎士にあこがれてるからって、砦は危険すぎるわ」


「ミュルトの言うとおりだ。ディアディン。どうせなら、僕の騎士になってくれればいいじゃないか。僕はずっと、大人になったら、君が僕を手助けしてくれるんだとばかり思ってたのに」


 十七になり、ディアディンは砦へむかう。

 見送るリックやミュルト、両親も、わざわざ危地にとびこむディアディンを、涙ながらに見つめる。

 でも、どんなに引きとめられても、ディアディンはやめる気はない。


(なぜだろう。おれは行かなくちゃいけない気がする)


 子どものころから、なぜか、その思いがいつも心にあった。


 不思議と何かに呼ばれているような——


 そんなときは決まって、泣きたいような、大切な何かをなくしてしまったような切なさがこみあげてくる。


 だから、行くのだ。砦へ。


 家族が止めるのをふりきるようにして、ディアディンは砦にむかった。

 何かが起こると確信していた。

 だが、砦の生活は期待とは裏腹に殺伐とした日々だった。

 最初の満月の夜までは——


「ねえ、小隊長は僕らのこと、忘れてしまってるんだよねえ?」

「あーあ、小隊長が僕らを見るとき、ちょっと気味悪そうにして、おもしろかったのに」

「ウニョロ、ムニョロ。小隊長は恩人なんだ。そんなこと言っちゃいけない」

「ニョロはマジメだなぁ」

「なあ」


「ニョロニョロさんたちはあっちに行っててくださいよ。お使い役は、ぼくなんですよ」

「僕らだって、小隊長に会いたいよォ」

「そんなこと言うと、丸飲みしちゃうぞ」

「ぎゃあっ。やめてくださいっ。仲間殺し!」


 気のせいだろうか。

 なんだか廊下がさわがしい。


 これは、夢だ。

 そう。きっと、夢。


 ディアディンが目をあけると、ひらいた扉から妙な連中がいっぱい、のぞいていた。


「あっ、小隊長。来てください。あるじが呼んでます」


 むりやり、ひっぱっていかれて、そこで待っていた人を見た瞬間、ディアディンは喜びと愛しさで、胸がしめつけられるように苦しくなった。


 この人だ。おれはずっと、この人をもとめていた。

 失われた何かがそこにあった。


「月の……しずく?」


 この世には奇跡があるのだ。

 時の魔法のかなたに失われたはずの記憶。そのすべてはとりもどせなかった。

 しかし、その人を愛しいと思う気持ちまでは、どんな力も、ディアディンから奪うことはできなかった。


「おれは、あなたを知っている……」

「わたくしも、あなたを知っています」

「おれたちは以前にも、こうして……?」


 失われたものならば、また紡げばいい。


 ディアディンはその人と目を見かわし、微笑んだ。

 これから始まる物語を思って。


 幸福な満月の魔法が、二人をつつみこんでいた。





 了

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月光ファンタジア 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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