最終話 月は満ちて 2



 すると、ディアディンの心を読んだように、長姫が眉をひそめた。


「ただし、一つだけ注意があります。生きたものを描いてはいけません。あの絵筆は描いたものに魔法の命をあたえます。生物を描けば、魔法がその生き物に命をあたえますが、それは本来の生き物ではありません。魔物になるのです。良きものになればよいけれど、少しでもよこしまな心をもって描かれれば、かならず悪しきものになります。あなたが退治してくださった、あのピクチャー族も、もとを正せば、あの絵筆で描かれたのです」

「ああ、あの絵のバケモノ」


 あれはディアディンが見ても、むなくその悪い連中だった。

 自分たちより弱い長姫の眷族を食料にして、その魔力をすするという魔物。

 親友があんなふうになると言われれば、残念だがあきらめるほかない。


「忠告、ありがとう。でも、そうとわかれば、マズイな。絵筆の効力をためすために、好きなものを描くよう、知りあいの絵かきに貸してしまった。あいつが人間を描いてなけりゃいいんだが……あいつは似顔絵かきだから」

「もし生物が描かれていた場合、その絵をそこなえば魔法がとけます。以前のピクチャー族のときのように」


 ディアディンはうなずいた。

「それを知らせるために、おれを呼んだのか?」


 すると、妙なことに、長姫は頰をそめた。


「いえ。それだけではありません」

「そういえば、あなたの一大事だったな。なんなんだ?」

「それは……」と、くちごもるので、もどかしい。


「言ってくれないんじゃ手助けしようがない」

「すみません。こんなこと、あなたに頼るのはどうかと思いますが……思いきって、うちあけます。じつは、わたくし、縁談があるのです」


 まさかの内容に、ディアディンは自分の耳をうたがった。

 二人のあいだに別の男が介在してくるなんて、考えてもいなかった。

 長の月のしずくが結婚すれば、一族のなかでの彼女の立場も変わってくるだろう。ことによると、今後、ディアディンを呼ぶのは、長姫の夫ということも、ありうる。


 それは、いやだ。


 ディアディンは不機嫌になった。


「おれにどうしろって? あんたの結婚なら、あんたが決めるべきだろ」


 きつく言うと、長姫は泣きそうになる。


「あなたは、わたくしがほかの男に嫁いでもよいとおっしゃる?」

「やめろよ。そんな目で見られても……こまる。あんたは魔物で、おれは人間だ。おれの口出しすることじゃ……」


「そうですけど……相手は、ほかの一門をすべる長なのです。以前から、われらの領地に目をつけ、わたくしたちを支配しようとしておりました」

「ああ……政略結婚か」


 それならそうと、最初から言ってくれよ。

 妙に気をもたせるから、ドキドキした。


(ドキドキ? 魔物相手に? そりゃ、長姫はキレイだが……)


 ディアディンは苦笑しようとして、できなかった。笑ってすませるには、自分の本心はわかりすぎるほどわかっている。


 そうだ。

 おれは長姫が好きだ。

 ごまかすことなど、できないほどに。


 だが、それを口に出せない。


(おれはもう誰も愛してはならない。もうすぐ、すべてを終わらせるんだから……)


「相手は悪しきものなのか?」

「……はい」


 なんとなく、ためらうように言って、長姫はディアディンをうかがう。


「なら、見すごせないな。おれはその長を倒せばいいのか? それとも、破談にすれば、ことたりるのか?」


 少しばかり、長姫はあわてた。


「破談でかまいません。悪しきものと言っても、それほど悪質ではありませんし……。できれば、後難をさけたいのです。あまり、無礼なふるまいには及ばないでください」


 奥歯にものの挟まったような言いかただ。なにか変だ。


「破談にね。退治するよりメンドウだな。まあ、やってやるよ」


 長姫は見るからにホッとした。


「お願いします。では、さっそく、ミレニアム族の長のもとへ案内させましょう」

「なんだ。今、城にいるのか」

「はい。おともをつれて、正式にプロポーズにいらしたのです」


 ぽんぽんと手をたたいて、長姫は白しっぽを呼んだ。

 白しっぽは悲しい気持ちが続いていたようで、チーズをかじりながら、かけてきた。


「お呼びですか?」

「ディアディンさまをミレニアム族の長のもとへ案内しておくれ」

「はーい」


 白しっぽにつれられて、ディアディンは歩いていった。

 前を歩く白しっぽは、いつになく、しょんぼりしている。


「今日は元気がないな。どうしたんだ?」


 白しっぽはチーズをかじる手を休めて、ディアディンをかえりみる。


「もうすぐ、小隊長に会えなくなると思うと、悲しいんです」


 ドキリとした。


「どうして?」

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