第七話 約束

第7話 約束 1



 満月の夜のたのみごとは、いつもムリな注文が多いのだが、今度のことは、なかでも難問らしく思われた。


「死人を生き返らせろだなんて、いくらなんでもムチャだ」


 ディアディンの言葉に、長姫のところまで案内してきた子どもが、あわてて首をふる。あわてて、といっても、そのしぐさは妙にギクシャクしている。


 第一、子どもといっても、どう見ても人間の子ではない。


 長姫の眷族が魔物だということは承知のうえだが、これまでの一族はみんな、奇抜ながら人間らしい姿をしていた。

 しかるに、今度のは見るからに人ではない。どこから見ても、それは動く人形だ。肌は木でできている。


 そういえば、以前、ぬいぐるみの迷い子があった。あのたぐいだろうか。今度の一族は人形の化身なのかもしれない。


「長老。マダ死んでナイ。なおせば、ウゴクよ」


 キチキチとかんだかい声。カタコトのしゃべり。

 聞きとりにくいので、かわって長姫が説明した。


「長老は言わば、仮死状態なのです。あなたは以前、傷ついた魔物を復活させました。あのときは悪しきものに利用された形ではありましたけど。あれと同じことを、長老にしてほしいのです」


 絵のバケモノを補修して直してやったことがあった。

 今回の種族は人の手で作られたものが本体らしいから、そう言われれば、かならずしも不可能ではなさそうだ。


「そういうことなら、まあ、なんとかなるか。長老は今どこにいるんだ? ひとめ会っておきたいんだが」


 姿を見れば、正体を知る手がかりになると思ったが、いざ案内されて行ってみても、たいした手がかりにはならなかった。

 長老はごくあたりまえな人肌の老人。ヒゲと髪が川のように長々と伸びているだけだ。ベッドに寝かされたまま、ぴくりとも動かない。


 そのまわりを大小の人間もどきが、心配げにとりまいている。木肌や陶器製の人形のようなのが多いから、やはり人形の精だろうか。


「ミンナ、しんぱい。長老、ハヤク、なおる」


 てきとうにうなずきながら、正体を知るヒントをもう少し得られないかと、ディアディンがねばっていると——


 そのとき、それが起こったのは、彼らのサービスだったのかもしれない。


 長姫の眷族たちは、ディアディンの前に本性であらわれることはあっても、それが自分たちの正体だと語ろうとはしない。


 もしかしたら、人間に本性を言いあてられてはいけないのかもしれない。

 だから、ディアディンも、あえて、それにはふれないでいた。


 そう考えると、これは彼らにしてみれば、かなり危険な行為だ。

 それほど、長老を案じていたのか。はたまた、まったくのぐうぜんか。


 長老をながめるディアディンの前で、彼らはいっせいに変な音をたて始めた。ボンボンと低い音を響かせるものもあれば、オルゴールをならすものもある。

 ディアディンをつれてきた子どもは、口から木製のハトをとびださせて、クルッポー、クルッポーと二回ないた。


(わかった。時計か)


 たまたま時刻が真夜中の二時に達しただけかもしれないが、運がよかった。

 正体さえわかれば、長老の本体をさがすのは難しくない。

 その夜はそれで帰った。


 翌日からは時計さがしだ。

 時計は高価なので、貴族や金持ちの持ちものと相場が決まっている。

 ましてや辺境の砦になど、城じゅう、くまなく歩きまわっても、数は知れている。そのなかから、今は動いていない時計をさがすだけ。


 事実、ちょっと部下のアンゼルにたずねただけで、その時計は見つかった。

 ただし、今回はこのあとが大変だったが。


 問題の時計は、本丸一階と二階をつなぐ階段のおどり場にあった。

 大きな柱時計だ。砦の建設された五百年前から、ずっと、そこにかけられていた。半年前から動かなくなって、砦には修理できる職人もいないため、そのまま放置されている。


「もっとも、以前はいましたよ。修理できる人間」と言ったのは、二階の司書室から、ディアディンの匂いをかぎつけてきた、魔術師のロリアンだ。


 今日はマトモなことを言っているようだが、この前にさんざん、ディアディンと二人で、いつもの悲喜劇を演じている。


「誰だよ? 魔術師か?」

「ご冗談を。魔術師は職人じゃありません。正規隊の兵士で、ネールとか言いましたっけねえ。時計職人の息子でしてね。毎朝、ここへ来ては時計の調子を見ていたものです。まだ若くて、ちょっと可愛かったので、目をつけてたんですが。その時計が動かなくなった少しあとに、家族に不幸があって、急きょ、除隊して、故郷へ帰っていきました」


「それじゃ、今の役には立たないじゃないか。ほかに修理できるやつはいないのか?」

「時計職人の兵士なんて、そうはいませんよ」


 それはそうだ。


「しかたない。伯爵閣下のおゆるしを得て、一番近い街まで送り、修理してもらおう」


 金はかかるがしょうがない。

 輸送隊にたのめば、次の満月にはまにあいそうだ。

 さっそく、そのように手配して、ディアディンは大時計が直ってくるのを待った。


 ところがだ。

 満月までに砦に戻ってくることは戻ってきたものの、時計は直っていなかった。


 そえられた職人からの手紙によると、古くなった部品はすべて、とりかえ、きれいに内部までホコリをはらい、およそ考えうるかぎりの修理をした。

 が、どうしても動かない。

 これで動かないはずはないから、時計の寿命なのだろうということだ。


 ちなみにガンコな職人らしく、止まっていた原因を文面で説明してあった。

 要所の歯車が一枚、われてしまっていたのだ。ふつうなら、その歯車だけ取りかえれば動くはずだという。


(しかし、時計の精たちは、長老の寿命はつきてないと言ってた。じゃあ、なぜ、動かないんだ?)

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