第四話 星のかけら

第4話 星のかけら 1



 あるとき、ディアディンは井戸端で妙なものをひろった。


 早朝、水を飲みに行ったとき、夜明けの星の映る、つるべの水がこぼれた。そのとき、何かが足にひっかかった。


 ひろいあげてみると、それは一見、ガラスみたいだ。なのに、まげても伸ばしても、まったく傷つかない。なんとも不思議な物質だ。あたりまえの品物とは思えない。


 あとでロリアン(あいつの大好きな魔法具かもしれない)にしらべさせようと思い、そのまま忘れてしまった。

 手のかかる魔物が何匹も立て続けに現れたからだ。

 多くの犠牲をともない、問題は解決したものの、ディアディンは心身ともに疲れきっていた。


 疲れたときには、いつもの悪夢を見る。

 ふりしきる豪雨。

 ながされる橋。


「リック! リック!」


 叫んでいた自分……。


 あの夢から逃れたい。

 このまま誰もいない世界の果てまで逃げてしまいたい。

 そんなふうに思う夜もあった。


 そのころ、四度めの満月の誘いがあった。

 今回の迎えは黒檀こくたんのような肌の美女(巨乳)。まとっている衣服も黒い。ひたいに一つぶの真珠のかざりをつけている。姿は美しいのだが、声がずいぶんハスキー(よく言えば)だ。


 だが、前回の絵のバケモノのような不愉快な感じはしないから、今度はまちがいなく長姫の使いだ。


「お疲れのようですね。こんなときにお願いするのは気がひけるのですが、あるじもさみしがっております。招きに応じていただけますか?」


 本当はノリ気ではなかった。が、まあ、気晴らしになるかもしれない。


「いいだろう。案内してくれ」


 いつものように、毎回、造りの変わる城のなかを案内されて、長姫のもとに辿りついた。

 輝くばかりに美しい姫の姿を見ると、ディアディンはホッとした。


「前回はあんな小物の魔物にだまされて、あやうく、おれ自身が、あんたたちの災いになるところだった。すまない」

「いいえ。あれはこちらも、うかつでした。あのような敵もいると、あなたに話しておくべきでした。あれは古くからのわれらの天敵。いつかはあなたに倒していただきたいと思っておりました。謝るにはおよびませんよ」


 内容は儀礼的だが、長姫の澄んだ声は胸にしみいるように心地よい。

 思わず、微笑んでいた。

 こんなふうに笑うのは何年ぶりだろうと、ディアディンは思った。


(おれが笑っている。もう一生、笑うことはないと思っていたのに……)


 自分がとても不思議だった。


「それで、今度は何をしろと? 今のところタダ働きなんだから、あんまりムチャは言わないでくれ」


 ディアディンは冗談で言ったのだが、長姫たちの精神構造は子どもっぽい。子どものように純真だ。

 やはり、そこが動物の変化へんげだからだろうか。


「今回のお願いは、シルバースター族からです。彼らの宝物庫を荒らすものがいるらしいのです」


 長姫のあとをとって、黒ずくめの美女が説明する。


「ひとつきほど前からです。誰も姿は見ないのですが、いつのまにか、われらの宝物庫から、大切な宝を盗みだすものがいます。誰がなんのためにしているのやら……。どうか不届きものを見つけだし、われらの宝をとりもどしてください」

「ふうん。おまえたちの宝物庫を見せてもらおうか」


 巨乳美女はちょっとイヤそうな顔をした。が、しかたなさそうに、うなずく。

「では、とくべつにお見せしましょう」


 にっこり微笑む長姫とわかれて、廊下へつれだされる。

 ふたたび、迷路。

 で、宝物庫とやらに辿りついた。

 なんのヘンテツもない、両扉の蔵だ。入口にはシルバースター族の番人が立っている。なかなか堅固けんごな造りだが、意外にも入口にカギはかかっていない。


「大切な宝をおさめる宝物庫なのに、カギはかけないのか?」

「今まで、われらの蔵から宝を盗んでいく者などおりませんでした。こんなことは初めてです」


 これだから、人がいいというか、おおらかというか……。


「わかった。なかを見せてくれ」

「はい」


 扉のなかには、まばゆい黄金や宝玉が山となっていた。案内役の美女も、番人の男も、うっとりと宝の山を見つめた。


「ああ……ステキですよねぇ。いくら見ても見あきない。われらシルバースターは、キラキラが大好きなんです」


 そのわりにハデに身を宝石で飾りたててはいない。見てるだけで満足なのかもしれない。ほんとに幸せな連中だ。


 ディアディンが蔵のなかへ入って、もっとよく観察しようと思ったとき、番人が扉をしめた。


「はい、おしまーい。あんまり長く見てると働けませんからね。なまけるのはいけないことです」


 やっぱり、長姫の眷族だ。

 むしょうに力がぬけて、ディアディンは反論する気も起こらなかった。


「わかった。わかった。でも、そうなると、おれが毎日、ここで見張ってるわけにもいかないし、どうやって泥棒をあぶりだそう?」

「そこは小隊長におまかせします」


 頭をひねりながら、蔵を見ているうちに、足もとがフワフワしてきた。

 その感覚にはおぼえがある。

 ハッとしたときには、ディアディンは自分のベッドで朝を迎えていた。


「朝か……」


 ディアディンが起きあがったころには、同室の部下たちも起きていた。

 と、アンゼルが寝ぼけた声をあげる。


「どうした?」

「あ、いえ、たいしたことではないですが、いつもマントをとめてるピンがないんですよ。変だな。寝るまえにマントの上に置いといたのに」

「そのへんにころがってないのか?」

「ないみたいですね。まあ、ただのメッキの安物だから、かまわないです。そのうち出てきますよ」


 アンゼルは言ったが、失せものは彼だけではなかった。

 翌朝、アンゼルのピンは出てきた。かわりに、同じく同室のネコ好き(本名を知らない)の爪とぎ用のヤスリが消えた。

 次の日にはヤスリがあらわれて、ディアディンの鏡がなくなった。


「なんだって、こう毎朝、しょうもないものばかりなくなるんだ? 夜中に誰かイタズラでもしてるのか?」

「変ですね。見張ってみましょうか」

「見張るのはいいが、あやしまれないために寝たふりしながらだろ? 朝まで起きてられるかな」

「まあ、そうですね」


 なにしろ、大事件なわけじゃないし、必ず起きて寝ずの番をしようという真剣味はとぼしい。

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