第2話 食いしん坊なオバケ 4



「ドーンの霊が出るという夜中までに用意してくれ。その時間になったら、また来る」


 そういう段取りで、ディアディンは真夜中に厨房へおもむいた。大皿に山盛りの肉料理が支度されている。


 憎まれ口はたたきつつ、死んだ人間の供養だからか、まかない長は奮発ふんぱつしたようだ。塩コショウをふった焼肉が、ほかほかの湯気をたてるところを見れば、ドーンでなくても食欲がわく。これで、さしも食いしん坊のドーンも満足してくれることだろう。


「ドーンはまだ出ないか?」

「生前にさんざん怒鳴られたせいか、あっしがいると出ませんので」

「なら、まかない長はさがっててくれ。おれが見張っておく」


 と話して、まかない長が出ていった直後だ。

 薄暗い厨房のすみに、ぼんやりと青い光がうかぶ。でっぷり丸い体形は、たしかにドーンだ。


「ドーン。おまえの供養のために、まかない長が念願の焼肉を用意してくれたぞ」


 山盛りの焼肉を見て、ドーンは一瞬、目を輝かせた。が、すぐにまた、その目は悲しげにふせられた。


(変だな。焼肉に未練があるわけじゃないのか?)


 ドーンの霊が床につまれた食材の前をウロウロし始めたので、もう一度、ディアディンは声をかけてみた。


「心残りがあるから化けてでるんだろ? なにが心残りなんだ?」


 ドーンはふりかえって、なにやら手を動かす。しきりにくりかえしたあと、ため息をついた。

 また食料の前をうろつきだし、以降、何度、話しかけても、まったく反応しない。

 ドーンの霊は夜どおし、厨房と食糧庫を行き来していた。


「どうでしたか? 小隊長」


 早朝にアクビしながらやってきた、まかない長に、

「いや。ダメだ。どうも焼肉が未練じゃない。こんなふうに手を動かしてたんだが……」


 言いながら、ドーンの動きをまねてみて、ふと気づいた。それは文字を書く所作だ。まかない長も同じように感じたらしい。


「そういやあ、ドーンのやつ、司書室から反古ほご紙をもらってきて、せっせと、なんやら書いてましたよ。あの紙はどうしたんでしょう」


「遺品は遺体といっしょに、遺族のもとへ送られたんだろ?」

「整理した遺品のなかにゃあ、なかったような……」

「どうやら、それだな。やつの日記だったのかもしれない。どっかにまぎれこんだか、やつが秘密の場所にでも隠したのか」


 つぶやいて、なにげなく流した視線のさきに、小さなネズミ穴があった。そこから、白いハツカネズミが一匹、のぞいていた。


 小さな赤い目と、ディアディンの目があった。


 とたんに白ネズミは穴の奥にひっこんで、壁のなかをかけていく。チュウチュウ言いながら、天井や床下を走りまわる音がした。

 そのうち仲間をつれて、ぞろぞろ穴から出てきた。みんなで口にくわえて、ひきずってくるのは、ヒモでしばった紙のタバだ。


「おっ。こいつらは、ドーンが可愛がってたネズ公だ」と、まかない長。


 白ネズミたちは床の上に紙たばをおくと、いちもくさんに巣穴へ帰っていく。


 ディアディンは微笑して、ひとたばの丸めた紙をひろいあげた。ヒモをほどき、ひろげる。

 よこからのぞいた、まかない長がうなる。


「こいつは……そうか。ドーンのやつめ」


 それは、盛りつけ図まで入れた、創作料理のレシピだった。


「そういやあ、ドーンの夢は、故郷に自分の店を持つことでしたよ」


 まかない長の目には、うっすらと涙が光っている。


「つまみ食いばっかりしてるオマエが一人前になれるもんかと怒鳴りつけてきたが……ありゃあ、やっこさんの試作品の味見だったのかもしれません」


 ディアディンはレシピをしげしげとながめた。


「どれも安い素材で大量に作れる素朴な料理みたいだ。どうだろう。このレシピどおりの料理を食堂にだしてみないか?」

「そりゃいい。店というわけにはいかないが、みんなに食べてもらえば、あいつも喜ぶに違いない」


 ドーンの特製スープ、ドーンの特製焼肉、ドーン謹製ミートパイ、ドーンの田舎風煮込み、ドーンのグルメランチ——


 ドーンの料理はどれも兵士たちに大好評だ。満足したのか、ドーンの霊はそれきり出ないという。


 もちろん、あのハツカネズミたちは、お腹いっぱい小麦を食べて、大喜びしていることだろう。


 それにしても、今回、もっとも得をしたのは、ディアディンたち兵士だ。

 ドーンのレシピは食堂の正式なメニューになり、厨房に受けつがれていくことになった。おかげで、あのマズイ料理の数々を二度と食べずにすむのだから。


「ドーンの料理はどれもウマイですね、隊長。このパンプキンパイ、素朴だけど、いい味だしてるなあ」と、アンゼルも言う。

「ああ。ドーンはおれたちの救いの神だ」


 おかげで食堂は以前にもまして、活気にあふれている。


 きっとドーンは、こんなふうに、いつも客が笑顔でいられる店を持ちたかったのだろう。

 焼肉食いほうだいは、開店祝いの呼びこみ文句ではなかったかと、今ではディアディンは考えている。




 了

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