第2話 食いしん坊なオバケ 3



 翌日——

 目をさましたディアディンは、半信半疑ながら、魔法使いたちのいる司書室へ行った。砦の魔法使いの仕事は、司書と、病人やケガ人の看護だ。


 魔法使いはみんな変わっているが、ディアディンの友人は、きわめつけの変人だ。友人と言うのもはばかられる。あれが友人というだけで、ディアディンの品位まで疑われかねないからだ。

 だから、ふだんは人に紹介するとき、友人ではなく知人と言っている。


「来ました。来ましたよォ。ディアディンの匂いがする」


 ディアディンが司書室の扉をひらいた瞬間、ブツブツ言いながら、灰色の毛布のようなものがかぶさってきた。


 いつものことだが、どうしても、なれることができない。

 灰色のヒルみたいなものに抱きつかれて、体じゅうなでまわされるのは、どんな人間だって、なれないはずだ。


「あいかわらず、ぴちぴちですね。この若い体、私に預けなさい」

「やめろッ、離せ! 〇〇〇〇(自主規制)クラゲ! バカ毛布!」

「うーん、〇〇〇〇クラゲは今までのパターンだけど、バカ毛布は新しいですね。メモしとこう」


 毛布に見えたのは、灰色の司書の制服をきた人間だ。かぶったフードの目のところだけ、くりぬいてある。


 これが変人の友人のロリアンなのだが、これでも、いちおうフードをはずすと、えらく美形だ。

 誰にでも魔法を使えるように、魔力をこめて造られた魔法具の研究が専門だ。そのための実験材料ディアディンを、いつも、つけねらっている。


「おい、ロリアン。おまえ、なんのためにメモなんかしてるんだ」

「それは、あなたが私をたよってきたときに謝らせるためです。そんなときしか謝ってくれないでしょう」


「なら、最初から抱きついてこなせりゃいいんだ」

「抱きつかないと、体調をはかれないじゃないですか。体温とか、血圧とか、筋肉の弾力とか……」

「はからなくていい」


「こんなに若い素材は砦じゃ、めったに手に入らないんですよ。しかも、生きてる! 死体はいくらでもあるんですがねえ。いいかげん、あなたの血を私にください。あるいは髪の毛とか、そりゃ、もちろん、片腕くらい貰えたら豪勢ですけど……なんなら、口では言えないところでも、けっこうですよ」


 これだから、こいつに相談するのはイヤなんだ。まともな会話にならない——


「おい、亡霊を成仏させるにはどうしたらいい?」

「ええと……〇〇〇〇クラゲ。バカ毛布」


「霊ってのは、食堂で調理人をしてたドーンだ。ウワサは聞いてるだろ」

「男のケツを追いまわす〇〇〇〇(自主規制)ヤロウ——失礼な。私は女だって好きだ。男女問わず、人間は貴重な実験材料」


「……そのドーンがな」

「クズ。金魚のフンのくさったやつ。妖怪吸盤男ってのもありましたね。役立たず。魔術師のはしくれあたりは、まあ、ふつう。あッ、ちょっと、これ、ヒドイんじゃありませんか?」


 黒革の手帳を見ながら、とつぜん、叫ぶ。

「すえた運河のドブ泥悪魔——って、ヒドイ! いくら私でもこれは傷つきますよ」


 ガマンの限界をこえたディアディンは、こぶしをにぎりしめた。


「もっと言ってやろうか? この〇〇〇〇腐乱死体! 存在が汚染物質! 地獄で生まれたタコとナマコのあいのこ!」

「痛い……心が痛い……」


「ウソつけ。いいから、さっさと答えろよ。ドーンの霊を成仏させるにはどうしたらいいんだ」

「人には、ものを頼む態度ってものが……」


 まだグズっている。

 ディアディンは、とっておきの手をだした。


「ほかの魔法使いに聞くぞ」

「それだけはやめてくださいッ。あなたの若い血が、肉が……私以外の魔法使いに……」


 おののいたようにとびあがって、ロリアンは正直に答え始めた。


「私たち魔法使いなら、霊じたいを封印することができますが……成仏というのなら、やはり、霊の未練をなくすべきでしょう」

「ふうん。普通だな」


「ドーンって、あの食いしん坊ドーンですか?」

「あいつの食い意地は、魔法使いにも知られてるのか」


「そりゃもう伝説ですよ。だって、彼、死にぎわに『焼肉、食いほうだい!』って言ったんですよ。あんな死にかたもあるんですねえ」


 なにやら、ロリアンにまで哀れまれているところが哀れだ。


「とすると、やっぱり死ぬ前に焼肉を腹いっぱい食いたかったってことか?」

「さあ、どうでしょう」


「ドーンのことだから、食いもの関係だとは思ってたんだが……そんな願い、死んでから言われても、どうしたらいいんだ」

「おそなえして、供養でもするしかないんじゃないですか?」

「まあ、そうだな。やるなら、やつの霊がでる夜中か。まかない長に相談してみよう」


 この国境の砦の食糧は、国内から輸送隊が運んでくる。死人のために何人前かの肉料理は、むりのある相談だ。

 が、カンシャク持ちのまかない長は、意外にも、あっさり承知してくれた。といっても、喜んでというわけではなかったが。


「ドーンのやつめ。生きてるうちは、おれの目を盗んで、つまみ食いばっかりしてたくせに、死んでまで手を焼かせる。これ以上、たたられたんじゃ、こっちも仕事になんねえから、しょうがねえ。肉は出しますがね。小隊長」


 やせぎすな、まかない長は、あまり調理人らしくない。


 こういう男が指揮をとるから、ああいうダイナミックというか、おおざっぱな料理が食堂にならぶのだろう——

 と、ディアディンは、おなじみの生煮えの野菜スープ(あるいは、こげた魚、カチカチのパン、からすぎる骨つき肉のロースト)を思いうかべながら考えた。

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