第8話 月のしずく 5
*
時の魔法に引きずられて、もとの世界へ帰ってきたディアディンの前に、長姫の美しい顔があった。
どこか、なつかしむような目をして、ディアディンを見つめている。
いつのまにか、室内に長老の姿はなく、ディアディンと長姫の二人きりになっていた。
磁石のように視線をひきつける長姫の瞳から、ディアディンは目が離せない。
そのとき、やっと、少女のおもてが誰に似ているのか、ディアディンは気づいた。
もちろん、精霊たちの女王であるこの人ほど、神々しいまでに美しくはなかったが……。
『はたして、女の子をうずめたあとには、見なれない植物が生えてきました。
それが夜想花。
満月の夜にひと晩だけ花ひらく植物です』
かつて、この場所には、色とりどりの花が咲きみだれる明るい森があったのだ。
森の近くには小さな街があり、一人の少女が住んでいた。
もはや、街があった痕跡さえ残らないほど、はるかな昔ではあるけれど。
(美しい花になったんだな。おまえは)
ディアディンは微笑んで、手をさしのべた。
「一曲、踊りませんか? 姫」
「ええ」
抱きよせると、優雅な香りが、ディアディンをつつみこむ。
すべるように踊る二人を、満月が見おろしていた。
了
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