第3話 絵空事 2



 気づいたときには朝になっていた。自分の部屋のベッドでよこになっている。

 すでに部下たちは起きだしていた。


「おはようございます。小隊長」

「ああ……」


 元気のいいアンゼルの声に元気なく答えて、ディアディンは起きあがった。


「アンゼル。数ヶ月前に行方をくらました動物……か何かのウワサを聞いたことはないか?」


 アンゼルはキョトンとした。

 むりもない。

 さすがに情報通のアンゼルでも、人間ならともかく、動物についてまでは知らないだろう。


「すみません。それだけではなんとも」

「ああ。いい。忘れてくれ」

「砦で動物といえば、馬ですかね。あとは……伝書バト?」

「ハトなあ……そんな感じじゃなかったな」

「はあ?」


 見当もつかない。

 でも、そういえば、あの黒髪の男、どこかで見かけたような気がした。それも、城主の伯爵の周辺で。


 以前、ディアディンが手柄をあげたとき、伯爵の居室に招かれたことがある。そのとき、あの男を見た気がしてならない。伯爵の身を守る親衛隊の誰かだったろうか?


 さっそく、ディアディンは伯爵の居室へ向かった。

 もちろん、いっかいの傭兵が、いきなり伯爵のもとへは行けない。知りあいの親衛隊長のアトラーをたずねていったのだ。


 アトラーは昔の友人にディアディンが似てるといって、親切にしてくれる。何が似てるかと言えば、不遜ふそんな態度が——というのだから、なぜ親しみをおぼえてくれるのか、理解に苦しむところだ。


「じつは以前、このあたりで見かけた男をさがしてる。黒髪にグリーンの目の、ものすごい美男子なんだ」

「この辺境の砦にそんな男がいると思うか?」


 アトラー自身、なかなかのハンサムだが、昨日の男とは正反対のタイプだ。男らしい太い眉をしわめて考えたあと、こう言った。


「つまり、こういう男だな?」


 ディアディンを廊下へつれだし、コツコツと叩いた壁には、いくつも大きな肖像画がかけられている。


 しめされた絵を見て、ディアディンは納得した。

 絵のなかのすまし顔の男は、まぎれもなく昨夜の男だ。見れば、周囲にある絵の人物も、どれも見おぼえがある。


(今度のやつらは絵のオバケか)


 どおりで、みんな人形のように、すましていた。

 要するに、彼らの仲間の絵が一枚、運びさられたので、探してくれということなのだろう。


「ここにあった絵を、近ごろ、どけたか?」


 たずねると、アトラーはうなずいた。


「かれこれ半年前になるか。そこにかけられていた一枚をはずした」

「どうして?」

「兵士たちが気味悪がるからだ。絵のなかの男が、夜になるとキャンバスをぬけだして歩きまわると言って。私は見たことないが、まんざらウソでもなさそうなので、はずしておいた。今は物置にほうりこんである」

「その絵を見せてくれ」


 アトラーがさきに立って物置まで行った。そこは窓のない通気のわるい部屋でカビくさい。

 乱雑に古い武具などが置かれたなかに、問題の絵はあった。いちおう布はかけられていたが、湿気を吸ったのか、ところどころカビていた。虫食いもひどい。

 いかめしい口ひげの中年の男が、キャンバスのなかから、恨みがましげにこっちをにらんでいた。


「なるほど。これはひどいな。この絵は伯爵閣下が都からお持ちになった品か?」

「いや。ずいぶん前から、廊下の絵ともども飾られていたようだ」


「時代がついて、化けたのかな。ところで、この絵の男は、ひどい悪さをしたのか?」

「歩きまわるだけだ」

「なら、せめて、人のめったに入らない部屋でもいい。ここから出して、飾ってやってくれないか」


 アトラーはディアディンの頼みだからというより、おそらくはディアディンに似ていたという、かつての友人に免じて許可してくれた。


「よかろう。都からひん客がきたときにだけ使う客室に飾ろう」


 夜中に絵の男がうろつきまわれば、客が目をまわすかもしれないが、都からの客など数年に一度もない。まあ、いいだろう。


「にしても、このままではひどいな。おれの知ってる絵師に修復させてもいいか?」

「司書室で兵士から金をとって、似顔絵を描いている男だな」

「親方ともめて、こんなところまで流れてきたらしいんだが、技術はたしかだ」


 絵をあずかって、絵描きのレイグルのもとへ行く。

 かよわい美少女みたいな顔をしといて、じつは下町育ちの気性の荒いレイグルは、絵のできにやたらに感心した。


「へえ。いい絵だな。サインがないけど、たぶん名のある画家の作だぜ。絵の具も高いの使ってるぅ。状態はひどいが、ま、もらうもんさえもらえりゃ、直してやるよ」


 高くついたが、たしかにレイグルの腕はいい。

 数日後、受けとりに行くと、絵は見違えるように、きれいになっていた。カビは洗いおとされ、裏に布をはりたして、虫食いを上手に埋めている。

 たぶん、もとの絵の状態に、ほぼ完全に近いのではないだろうか。


(修復に日はかかったが、けっこう、すんなり運んだな)


 賓客用の客室に飾られた絵をながめて、ディアディンは思っていたのだが……。

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