第21話 相合傘


 岬から指定された行き先は、電車で1時間ほど揺られたところにある水族館で、待ち合わせは乗換となるターミナル駅だった。 俺の最寄駅のホームで待ち合わせたときは近所に住んでるのかなんて思ったが、実際は先に来ていただけなんだろう。

 あとからやってきた岬は、高尾山の時とは違ってファッション重視なのか、デニムスキニーを履いて、上にはパーカーとその上にカーディガンを羽織っている。 赤いキャップが彼女の明るさを際立たせている。

 俺だってパーカーにジーパン、それにダウンベストなんだから大して変わらないはずなのに、なんでこんなにオシャレ度が違うんだ。

 

 やってきた目的の列車に乗り込み、シートに2人並んで腰を下ろした。 岬の方も期末試験が近いらしく遅くまで勉強していたようで、何駅か通過するうちにうつらうつらと船を漕ぎだした。

 無防備だな、なんて思いながらしばらく岬を眺めていたが、いつの間にか瞼が視界を遮っていた。



 列車が大きく揺られて目を開ける。 目の前にはどこか見覚えのある超のつく美少女。あまりに近くに顔があって、しこたまびっくりした。 少し下に目を移すと、豊満な胸は規則正しく上下している。

 つい目が行くのは男のサガだとしても、凝視するのは悪い気がして、少し背筋を伸ばして車窓の向こうに目を向けた。 列車に乗り込んだときよりも、緑の割合がだいぶ多くなっていた。 車掌のアナウンスを聞いていると、あと二駅10分ほどで目的の駅に着くようだ。俺が動いたことで目を覚ましたらしい岬が、ぼんやりとこちらを見た。


「ああ、デートなのに寝ちゃった・・・」

「まぁまぁ、まだ目的地着いてないんだし」

「勉強もう少し早く切り上げて、早く寝とけば良かったぁ」

「そっちも試験近いんだろ? こんなことしてていいのか? 」

「息抜きも大事だし! オフの休日は貴重なんだよ? 」

「貴重な休日に俺なんかと遊んでていいのかよ」

「大地と一緒にいると楽しいし、あたしのストレス発散なのっ」



(こいつは、その顔で何人の男を虜にしたんだ)



 相変わらずの抜群の笑顔で破壊力の高い言葉を吐く岬から視線を逸らす。岬は逸らした視線を追いかけるように、首をかしげて覗き込んでくる。どしたの? と顔が語っているが、更に視線をずらす。



(わざとやってるならこいつ悪魔だな。 わざとじゃないなら小悪魔だけど)



 しばらくの間、追いかけてくる視線を黙ってずらし続けていた。 周りから見たらいちゃついてるようにしか見えないだろうやりとりを終えるころ、目的地である終着駅に到着するアナウンスが聞こえた。


 終着駅のプラットホームから僅かに覗く水平線に、テンションがどうしても上がってしまう。 意気揚々と歩く2人に立ちはだかったのは、やはり改札機のフラップだった。



(俺もかよ!)



 長距離乗るんだから事前にチャージしておけばよかったのだが、岬も同時だったからまぁ良しとしよう。 残高不足のICカードにチャージして、やっとの思いで外に出たが、そこはあいにくの雨だった。


 しとしとと降る雨はこの時期にはひんやりと感じる。ただ、岬は前向きだった。


「雨だと傘さすから変装しないでもイケるから楽なんだー」

「そっか、そういう考えもあるんだな。 水族館なら雨でもあんまし影響ないしな」

「そうそう。 早速行こー」


 行こう、というわりに傘を出す気配がない岬。顔を見ても、わくわくした顔をするだけだ。


「傘は? 」

「バッグの中に折りたたみが」

「ささないの? 」

「大地のに、一緒に入ろ? 」

 

 ボッと顔が赤くなる。 相合傘とか、同年代の女の子と、しかもアイドルとすることになるとは思わなかった。 最近のアイドルは、こんなこと当たり前で慣れっこなんだろうか。 自分だけドキドキしててなんか損した気分だと思っていたが、ふと岬を見たら耳を赤くしていたから、慣れっこというわけではなさそうだった。


「耳赤くするくらいなら言うなよ」

「うるさいなっ。 今日の天気予報で雨なのわかった時から、しようと思ってたのっ! 」


 今度は顔まで赤くした岬を見て、アイドルでもただの女の子なんだな、と妙に冷静になってしまった。 黙って自分の折りたたみ傘に手をかける。


「行くぞ」

「うん」

「もっとこっち来ないと濡れるぞ」

「うん」


 高尾山の時には手を繋いだりしてたのだから、今更なんだろうと思うのだが、岬は肩が触れるか触れないかの距離を並んで歩くに留まっていた。

 駅から水族館までは歩いても5分くらいなのだが、雨で歩みが遅いためか、10分ほどかけて水族館のチケット売り場までたどり着いた。


 茹でダコのように真っ赤だった2人の顔も落ち着きを取り戻していた。 ひんやりとした雨が降っていたことが幸いだった。


「大地、学生証貸してー」

「あいよ」


 渡した学生証を携えて、岬は窓口まで走っていった。 取り残された俺は、窓口の上に掲げられた料金表を眺めていた。 学割は『1,200円』とそこには記載されていた。 お小遣いやお年玉の残額を考えると、さすがにデート代全部負担は厳しい。


「はい、チケットと学生証」

「ありがと。 これお金」

「ここはお姉さんに任せておいてくれていいのに」

「同い年だろうが。 ここは俺が、って言えないのが苦しいんだけど、俺の分くらいは受け取ってよ」

「ん、わかった。 ごめんね、誘っといて負担かけちゃって」


 こういう気遣いができるところが、意外性もあってグッとくる。 明るく振る舞っているのは作ったキャラの部分で、素の性格はきっと細やかで気が利くタイプなんだろう。



 受け取ったチケットをそれぞれ持って、入り口に向かう。エスカレーターを上って少し歩くと、写真撮影のブースがあった。

 順番待ちの行列もできているし、明るいところで素顔をさらすわけにはいかないだろうと、撮影ブースをよけてその奥にあるイルカショーの時間が書いてあるボードに向かう。 岬は、とてとてとついてきてボードの前で立ち止まった俺の横に並んだ。


「大地、その、ありがと」

「ん? 」

「気遣ってくれて」

「俺も週刊誌には撮られたくないからな」

「んもう! すぐ茶化すんだから」


 怒ったセリフだったが、顔は笑っていた。さ、行こう、と声をかけると、今度は顔をうつむかせながら質問を投げかけてきた。


「手、繋いでいい? 」

「ん、ほら」


 差し出した手がキュッと包まれる。 高尾山ときはなんの遠慮もなく繋いできたのに、今さらなんだというのか。 不思議には思うものの、悪い気分ではないので口元が緩んでしまった。

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