第13話 オバケよりも衝撃的
「大地っ。 だーい好き」
明るくも甘い声を上げながら、擦り寄ってくる岬。ステージに上がっている時の、ピンクのフリルとリボンがついた衣装だ。胸元がすこし開いていて、思わず視線が吸い寄せられてしまう。
「こんなことするの、大地にだけだよ」
そう言って岬はステージ衣装のまま、腕を抱えるように絡ませる。豊満な胸に腕が沈む。
「大地、あたしも大地が好き。 彼女にしてくれる? 」
柔らかな声の方に振り向くと、春山がドーナツ屋さんのエプロン姿でもじもじしていた。文化祭は出られないと言っていたけど、出られることになったのか。
「岬さんみたいに大きくないけど、あたしだってそれなりに楽しませてあげられるよ」
意を決したように言った春山は、俺の手を取ってエプロン姿の胸にあてがう。
「どっちが好きなの? はっきりしなさいよ! 」
「あたしを選んでくれる? 」
活発で煌びやかな岬、柔らかで包み込むような雰囲気の春山、2人から迫られる。
「お・・・俺は・・・どっちも選べないんだ!」
「何ですって!? 」
「ひどい!! 」
「だって、だって――」
言い淀んでいると、遠くからエンジンの音が聞こえてくる。ベッドライトの眩しさに目を閉じると、その音はあっという間に近づいて・・・
――ドスン
ベッドから落ちて目が覚めた。時計を見ると、いつも起きるよりも30分程早かったが、二度寝をするには危なっかしい時間だった。
仕方ないのでのそのそと起き上がり顔を洗う。そこには、おきょんがいた。
「あれ兄貴、早いね。 すごい音したけど大丈夫なの? 」
「ああ、ベッドから転げ落ちた」
「バカが進行しちゃうね。 かわいそうに」
「普通に心配できんのか」
我が家の兄妹仲はいいと思う。一緒に街へ買い物も行くし。難点をあげるとすれば、口が悪い。よそから見ると一方的に罵られているように聞こえる。
「せっかく早く起きたんなら、一緒に駅まで行こうよ」
こういうやつなのである。
夢から現実に戻ってくるために、顔を洗う。まだ7時過ぎだから、朝食をのんびり食べても俺には電車2本分お釣りがくる。とはいえおきょんのお誘いもあるし、仕方ないかと身支度をして外に出た。
「夢でも見てたの? 」
「ん? ああ、まぁな」
「『選べない!』とか叫んでたから、ありもしない二股の夢でも見たんでしょ」
「む。 何故わかる。 さてはあの夢を見せたのはお前か」
「あはははははっ。 マジで図星とか、狙いすぎでしょ」
返す言葉もなくむくれていると、もう駅が間近だった。改札を抜けて地下ホームに向かう。方向が逆の妹とはここでお別れだ。妹は気だるそうにひらひらと手を振りながら、さらなる地下へと降りていった。
「妹さん? 」
「わっ! 」
背後から急にかけられた声に飛び上がる。何事かと周囲の視線を浴びる。
声の主は、同じ駅で線路を挟んだ反対側に住む春山だった。朝の夢を思い出してつい怯んでしまう。
「そうだよ。 つーか、びっくりさせるなよ」
「ふふ、ごめんね。 今日っていつもより早い? 」
「そうだな。 夢見てベッドから落ちて早起きしちまった」
「そうなんだ。 どんな夢? 」
迂闊なことを口走ったと後悔した。思わず胸元を見てしまう。
「別に大したこっちゃないよ」
「言えないような内容なの? 」
「違うっつーの」
春山は相変わらず柔らかな雰囲気でくすくす笑っていて、昨日のことなどまるでなかったような振る舞いだった。
「スマホ買うの、月曜日の振替休日に行きたいんだけどついてきてもらえないかな? 」
「月曜日なら部活もないし、いいよ」
「ありがと。 やっぱり菊野くんは優しいね。 今日は美桜姉ちゃんのお古を緊急で借りてきたんだけど、やっぱり動きが遅いし早く買いたくって」
「わかった。 んじゃ待ち合わせは、噴水広場のとこでいいかな? 」
と、休日に女の子と2人で出かけるなんて初めてな俺の予定が決まった。・・・そういや、初めてじゃなかった。
クラスに入ると、雰囲気がもう文化祭のそれだった。今日は準備のための日ということで授業もない。午前中は最終準備で、午後は校内のみの文化祭プレオープンとなる。吹奏楽部のコンサートは当然ながら明日だけだ。中では、明日に向けてシフトの確認や材料の準備などが進められていたが、部活で参加する生徒はもうやることがなく所在無さげだった。かくいう俺も。
そんな中、隣のクラスからノッポがきた。ノッポもどうやら暇だったらしい。
「ダイチ、結局ソロの曲決めたん?」
「まーな。 でも言わねーぞ? 」
「何でだよ!もったいぶるなよ」
「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」
「何吹くつもりだお前」
ゲラゲラと笑いながら、いつものノリで遊んでると隣から声がかかる。
「吹奏楽部のコンサートは、今年は一段と盛り上がりそうだね」
「そうか? 」
俺がそう答えると、ノッポが訝しげにこちらを見る。
「本気で言ってんのか? ダイチ」
「ん、まぁ。 去年も中学のやつと一緒に来た時も、楽しかったけど吹奏楽に興味ない人が盛り上がる感じでもなかったけど」
「だって、去年と違って今年は・・・」
「春山さんストップ。 ダイチさては今年のコンサートの目玉聞いてないな? 」
「目玉? 何だそりゃ」
「ふはは。 世の中には知らない方がいいこともあるってことよ」
「なっ!? 」
これは一本取られた。これはノッポを問いただしても教えてもらえないだろう。まぁコンサートが盛り上がるならいいか、と聞くのを諦める。
そこへクラスの準備を終えた矢口がやってきた。8組はそろそろ終わってプレオープンになるらしい。ノッポも、んじゃまたあとで、と言い残して自分のクラスへ戻っていった。
プレオープンは山田と見て回ろうと話していた。田中は、和太鼓部だから準備にかかりきりらしい。ちなみに山田はバドミントン部だ。なかなか強いらしいが、本人談だから信憑性のほどはお察しだ。
「プレ行くか」
「おう」
「菊野くんに山田くん、あたしたちもプレオープン行くんだけど一緒に行かない?」
「男2人で寂しく見るよりいいっしょ!? 」
横から春山と追い討ちの矢口の声がかかる。悔しいが図星だ。
「どうする大地? 」
「俺は別に構わんが」
「んじゃけってーい! 」
返答を待たずして矢口が号令をかける。なんでこいつこんなに張り切ってるんだ。
4人でぶらついていると、食べ物系のクラスは準備中が多かった。そんな中、おばけ屋敷と書かれた看板を見つける。
「ここはオープンしてそうだな」
「入ってみるか?」
山田と話していると、後ろは女子2人で何やら話している。すると、春山が制服の袖口をつかむ。
「菊野くん、一緒に行こう? 」
「え? 2人で? 」
「おばけ屋敷といえば男女2人組が定番でしょ? 」
「ん、まぁ」
「ほら、行こ」
今度は腕を掴まれて、中に入る。 暗幕の仕込みは意外にもちゃんとしていて、よく目を凝らさないと見えないくらいの暗さだった。
「お、おい」
「いいから」
いつもの様子と違う春山に戸惑いながらも、腕を引かれて前に進む。オバケ係もまだ慣れていないらしく、戸惑いの雰囲気が感じられる。しばらくして、春山が口のチャックと絡めていた腕を解放した。
「ごめんね、強引に。 友紀と山田くんを2人にしたくって」
「えっ!? あの2人そうなの!? 」
「ちょっと声大きいよっ」
「友紀が気になってるって言うから・・・」
「ああ、なるほど。 理解した」
暗闇はあっという間に抜けてしまったが、ある意味オバケよりも衝撃的な話だった。 いつの間にそんな話になってたんだ。 でもまだ気になってる、ってことは付き合ってるわけじゃないんだろう。
プレオープンのクラスを探すのに手間取ったせいで、もう時計は12時半を指していた。
「んじゃ俺はそろそろ部活あるし、その前に学食行くわ」
「あたしも一緒に行っていい? 友紀には伝えておくから、ね? 」
「ああ、なるほど。 理解した」
同じセリフを繰り返した。
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