第14話 楽屋での再会

 高校の正門はこれでもかというほど着飾られ、いつもの様相をはるかに逸脱していた。 まるでテーマパークに来たかのようだ。 まぁ、お祭りなんだからこれでいいんだろう。 ただ、時間が開始時間の2時間も前とあっては、正門が飲み込んでいく人の数はまばらだ。


 正門をくぐって部室に向かう。 ステージのスタートは11時なのだが、集合は9時だ。 それまでにアップとソロの練習をしておきたい。


 部室は3年生まで合わせると総勢100名程度になる上、準備室や倉庫もあるためかなりの広さがある。 少人数でセッションするための小部屋が隣接してあるが、今日はそこに立ち入り禁止の紙が貼られている。


 貼り紙を一瞥して倉庫でバスクラのケースに手を伸ばす。 ちょうど手を広げたのと同じような幅のケースを開けると、ツヤのある黒い木の筒とシルバーの金具が放つ光が目に入る。


(今日も頼むよ、相棒)


 そう挨拶して5つに分かれたパーツを組み立てる。 約140cmにまで背を伸ばしたそれは、地面を支えにするピンで立ち、俺がバスクラリネットだと言わんばかりである。


 バスクラリネットはその全長から普通のパイプ椅子では座高が足りないため、ピアノ椅子に座って演奏することが多い。 当然演奏時は他の楽器よりも高い目線になる。 みんなの様子を目に入れながら演奏できるのがたまらなく好きなのだ。


 マウスピースにリードをつけ、そっと咥える。 息を吹き込めば、開放の『ソ』の音が出る。 次に使える指を全て使ってキーを閉じる。 音を鳴らせば、最低音の『ド』の音が響く。 指を動かして半音階で登り、同じように半音階で降って最低音に戻る。


(楽しい!今日もいい感じだ)


 コンサートの緊張感もいい方向に作用しているようで、小気味よい半音階ステップを披露したバスクラを見る。 そこに、広い部室から声がかかった。


「菊野、もう来てたか。 ちょっと来てくれるか」


 声をかけたのは、顧問で指揮者の島西先生だった。はい、と返事をして楽器を手に部室へ戻ると、先生はついてこいとばかりに廊下へ出た。


 向かった先はさっき見た貼り紙の部屋で、先生はノックして中に入って行く。 扉を開けたままだから俺も入っていいのか。


 失礼します、と中に入ると、若い女の子が4人と首からなにやらぶら下げたスーツ姿の男性が何人かいて、入ってきた先生と俺を見る。


「あっ、大地! 」


 聞き覚えのある声で名を呼ばれる。 顔を上げるとそこにはピンクのシュシュで髪を束ねたおっちょこちょいさんがいた。


「あれ? なんでここに?」

「菊野、あんまり驚かないんだな。 今日コラボする4Seasonzのみなさんだ。 菊野もテレビとかで見たことあるだろう」


 見たことあるどころではない。 手を繋いで山を登り、抱き合った仲だ。 無論、恋仲というわけではなく事故みたいなもんだが。

 それはそれとして、コラボ? そんな話あったっけ? ぐるぐると思考を巡らせていると、一つの楽譜に思い当たる。


(こないだの合奏の曲、4Seasonzの曲か!)


 考えに没頭する悪癖が出たせいか、『大地』と呼び捨てにするような関係かと訝しむような視線がスーツの集団から向けられていた。


「ハル、この子が大地くん? 」

「そうよ」

「なんかちっこくて可愛い〜」


 最後に夏芽が放ったセリフにムッとするが、夏芽は背も俺よりも高く、高二らしいので先輩だから反論も憚られる。


「ちょっとナツ! 男の子に可愛いはないでしょ」

「あははー、ごめんね。大地くん」


 岬に咎められた夏芽から心のこもっていない謝罪が届く。いえ別に、と答える俺を先生は不思議そうな顔で見ていたが、目が合うと先生は口を開く。


「ネズミマーチの楽器紹介と、菊野のソロフレーズは彼女たちにMCとしてやってもらうことになったからな。 ワンフレーズは何やるんだ? 」

「CMの『あ〜ったかコーンスープ♪』ってやつをやろうかと思ってます。 あ、いま吹いてみますね」


 そう言って楽器を構える。腹に空気をたんまり入れるつもりで大きく息を吸い込む。 吸った息を吐けば、バスクラがCMと同じように曲を奏でる。 10秒ほどの曲をブレスを挟まずに吹ききると、きゃあっ!と若い声が弾んだ。

 そう、練習で動画を見たときに気づいたのだが、このCMは4Seasonzが出ていて踊りながら歌っているものだったのだ。 春山に心の中で全力の感謝の気持ちを唱える。


「生演奏だとなんだか贅沢ね」

「すっごーい! 本番が楽しみだね! 」


 喜びを隠さない彼女たちを見てちょっと誇らしい気分になる。 しかし、もう集合時間も近づいているので、そろそろ合奏の準備をせねばならない。


「では、のちほどよろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる先生に倣って、俺も頭を下げて小部屋を出る。部室に戻った俺を待っていたのは多勢に無勢な質問攻めだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る