第15話 コラボレーション
コンサート会場の講堂は昨年と違ってものすごい人で埋まっていた。壁際のみ立ち見もできるようにしていたようだが、それでも空きは見当たらない。
もう吹奏楽部の部員たちは楽器を持ってステージに登り、指揮者が登場するのを待つのみである。時計が11時を示すころ、開演を知らせるブザーが鳴った。
「只今より、吹奏楽部によるコラボレーションコンサートを開演いたします。 携帯電話やスマートフォンは、音の出ない設定にしてください。 会場が暗くなりますので、お足元には充分ご注意ください。 それではコンサートをお楽しみください」
コンサートの開始を知らせるアナウンスが終わると、緞帳が上がりバンド全体が露わになる。それと同時に先生がステージの下手から歩いてきて、指揮台に登る。 先生は丁寧に腰を折ると会場を拍手の音が占める。 こちらに振り返って、声を出さずに口の形を変えた。
『さあ、楽しもう』
先生が指揮棒を振ると、それに合わせてバンド全体が一斉に楽器を鳴らす。 この曲は、吹奏楽部のテーマ曲とも言えるもので、毎回最初に演奏する曲だ。 アップテンポなマーチは、最初の盛り上げ役にぴったりだ。もう一曲、吹奏楽界隈では有名な曲を終え、スピーカーからアナウンスが流れてくる。
「それでは、ここでコラボレーション企画の目玉、4Seasonzのみなさんにご登場いただきましょう! 」
アナウンスの声をかき消すような歓声が上がる。さすが現役アイドル、半端ない人気だ。ステージ脇から4人連れ立って中央に歩いてくる。そして観客席に向かって手を振りながら、4人声を揃えて口を開いた。
「みなさんこんにちは。4Seasonzでーす!!」
また一層大きな歓声が上がる。
「吹奏楽部のみなさん、コラボコンサートに呼んでくれてありがとうございます」
「わたしたちと一緒に、みんなをメロメロにしちゃいましょう!」
「いまから私たちが、曲に合わせて楽器を紹介しますので」
「みんな覚えて帰ってねーーっ!」
おおーっ!っと、ある一部から野太い声が聞こえてきた。
「じゃあ先生、指揮お願いしまーす!」
夏芽の催促に呼応するように、先生はニコリと笑って指揮棒を構えた。ネズミのマーチの始まりだ。
クラリネット は割と出番が早いため、油断しているとすぐにソロパートがやってくる。あっという間にフルートあたりまで終わっていた。
「次は、壊れちゃってない『クラリネット』です」
冬陽の
「次は、あたしが一番大好きな『バスクラリネット 』だよー! 」
ドキっとするような紹介に慌てそうになるが、なんとかフレーズを吹き終えてお辞儀をする。顔を上げて、岬を見やるとペロッと舌を出して笑顔を見せたあと、ウインクして寄越したのであった。
思わず顔が赤くなるのを感じる。 身体は勝手に曲の続きを吹いていたが、意識は完全に岬に奪われていて、他の楽器の紹介をしている間も、ずっと岬から目が離せなかった。曲は、いつの間にか終わっていた。
「ではここで、唯一の1年生でソロを披露してくれたバスクラさんに、楽器を紹介してもらいましょう」
「バスクラリネット担当の1年の菊野です。 見慣れない楽器かも知れませんが、意外なところで使われています。例えば、CMでも・・・」
と言って楽器を構える。『あ〜ったかコーンスープ♪』のフレーズを吹き始める、ちょうどその時、岬とバッチリ目が合ってしまった。思わず動揺してしまい、口元が緩む。そして出た音はなんともマヌケで甲高いリードミスの音だった。
(――やっべぇ)
思わず苦笑いを浮かべると、俺の前では岬と夏芽がずっこけたようにおどけていた。 爆笑が会場を包み込む。
「これじゃ『ぬるいコーンスープ』になっちゃうよ! 」
「ちょっと! スポンサーさんに怒られちゃう! バスクラさんやり直し! 」
2人は、俺の失敗を笑いにする事で、仕込みでもあったかのように変えてみせた。なんというアドリブセンスなのか。
「それじゃ次はあたしたちも一緒に歌うね」
岬はそういうと、俺に目配せをした。俺は頭をぽりぽりとかいて、楽器を構え直す。よし、今度は少し落ち着いた。
息を吸い、楽しむようにイントロを奏でる。そして−−。
『♪〜』
「あ〜ったかコーンスープ♪」
4人と1つの楽器が完璧なハーモニーになり、会場は再び沸いたのであった。
定位置のピアノ椅子へ戻ろうと振り向くと、岬が手を高くかざして待っていた。なんでそんなことをと思ったが、俺のミスを救ってくれたのもまた彼女であった。 軽くペシっとするべく楽器を左手に持ち替えて、右手を軽くあげる。すると、彼女はかざした右手を後ろに振りかぶり・・・
パーン!
「いってぇ」
思わず叫んでしまった。
ソロの一幕を終えたあとは、彼女たちがステージの主役だ。 俺はピアノ椅子がある定位置に戻り、手書きの楽譜を譜面台に置く。
顔を上げると、先生は親指と人差し指で丸を作り、俺に見せていた。失敗はあったものの、良くやった、といったところだろうか。その合図に俺は首を少しだけ前に傾けて返事にする。それを見た先生は、横を向いて4Seasonzのリーダーである秋菜に目配せをした。
トークで場を繋いでいた4人は秋菜の合図で1列に並び、右手を高く掲げ、客席に背を向けた。 最初の曲のスタンバイだ。客席は流れる曲を察知して歓声とざわめきが上がる。
俺の心臓も同じように、いやそれ以上にざわめいていた。なぜなら――
『いっしょにたのしもうね』
と、客席に背を向けてこっちを見ていた岬が俺に向かって口パクで合図と、トドメのウインク攻撃をぶち込んできたのだ。心臓は跳ね上がるし、全身の毛が逆立つような感覚になる。
思わず見惚れてしまったその瞬間、指揮棒が振り下ろされるのが視界の端にうつった。トランペットを皮切りに楽器のハーモニーが重なっていく。
イントロを終える頃、前の4人は一斉に前に振り返って華麗なダンスと歌を披露していた。
気がついた時には、ステージの中央で額と首筋に汗を滴らせた4人が客席に向かって手を振っていた。
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