第16話 予想外の出会い

 日曜日の部活は先生が風邪をひいたことでなくなったため、月曜日の振替休日と合わせて連休となった。さらには、普段なら集まっているノッポ宅が旅行に行くということで場所がないのだ。 文化祭のあと楽器を持ち帰る気力はなく、うちで吹き鳴らすことも叶わない。





 昨日のコラボコンサートは言うまでもなく大盛況だった。 予定した全ての曲を終えて4人が引っ込んでも、お客さんはほとんど帰らなかった。 アンコールということで、初めの曲をもう一度やることになったため、次に控えた和太鼓部の準備時間になるまえに大急ぎで撤収したくらいだ。

 さすがに俺たちが撤収するとこれ以上はないと悟ったのか、お客さんも引き上げていった。哀れ、和太鼓部。


 コンサートのあと学校でも案内しようかと、岬にメッセしてみたものの、別の場所で次のイベントがあるらしくあっさりと振られてしまった。アイドルというのは多忙らしい。


 直後にかかってきた電話に出ると、岬のスマホを奪ってかけてきた夏芽で、「私に推し変しない? 」などとのたまっていた。 受話器ごしには岬の本気で怒る声が聞こえて、2人のやりとりに思わずニヤリとしてしまった。





 そういうわけで、文化祭もコンサートも好評に終わり、今日という完全オフを迎えたわけだ。 こういう時に行くお気に入りの場所がある。 それは、カフェ図書館だ。

 コーヒー飲みながら、本を借りて読めるなんてなんて素敵なんだ。 うるさくなく、静かすぎずでなんとも居心地が良い。

 近場のカフェ図書館は歩いて15分ほどの距離にある。 電車でも行けるのだが、隣駅との中間の線路沿いにあるため歩いた方が早く着く。


 自動ドアの前に立つと、ドアは口を開けて中のコーヒーの匂いが届いた。 すぐにでもコーヒーを頼みたい気持ちを抑え、コンピュータ雑誌の本棚に向かう。めぼしい雑誌を2冊手にとって、コーヒーの注文口に向かう。

 酸味よりも渋みの強いアイスコーヒーを淹れてくれるここは、その点でもポイントが高い。受け取ったコーヒーを手に、カウンター席の1番奥を陣取る。パラパラと雑誌をめくりながら、ホントにこんな技術が流行ってるんかね、と評論家まがいの感想を持つ。




 どのくらいの時間読んでいたんだろうか。1冊目を読み終えて壁にかかる時計を見た。ついてから、1時間とちょっと。意外と経ってるな、そう思ったとき、視界の端に淡い栗色の髪が揺れていた。


 二つの意味で驚いた。ひとつは大して混んでないこの店内で何故か隣にわざわざ座っていること。そしてもうひとつは、その座っていたのが頭脳明晰で学年一の美少女と名高い北条唯香であったことだ。


「ようやく気づいてくださいましたね、菊野さん」

「へ? 初対面ですよね? 」


 思わず敬語で問いかける。 誰もが振り返る有名人と違って、俺は覚えられるような人間ではない。 何故この人は俺を知っているのだろう。

 

「こんなところで会ったのも何かの縁ですから、少しお話ししませんか」

「まぁ、断る理由は思いつかないけど」


 俺の疑問には答えてくれなかったが、引き下がるつもりのなさそうな少女に許可を出す。


「私から話しかけて、これほどにも横柄な態度を取られるのは初めてです」

「仕方ないだろ。 ひとりの時間を楽しむのが男の嗜みってやつだ」

「面白いことおっしゃる人ですこと」

「そんで、どんなお話がご所望で? 」


 そう問えば、美少女は俺の目をしばし見て、口を開いた。


「美咲と交際してらっしゃるの? 」

「岬!? あるわけないだろ。 今をときめくアイドルだぞ」

「その岬ではございませんよ。 春山美咲のことです」

「うおっと、そっちか。 恥ずかしい勘違いさせないでくれよ」

「それでどうなのですか? 」

「別に付き合ったりはしてないよ。 何でそんなこと聞くんだ」

「となると、最近は交際してなくても抱き合ったりなどするものなのですか? 」

「なっ!? 」


 話を聞いてみると、春山と北条は中学のときからの友達なんだそうだ。ある夜、学校からの帰り道に大通りで美咲を見つけ、知らない男と抱き合っていた。その男は文化祭のコンサートでステージ上で名乗っており、ここで同じ男と出会った、ということだった。


 事故に巻き込まれそうなのを抱き寄せて躱しただけだと説明するも、「その割にはずいぶんと長いこと抱き合ってらっしゃいましたが」と返される。


 明日も一緒に出かける約束しているし、ただのクラスメイトよりは仲がいいんだろうと思う。春山のことも可愛い、と思う。では、いざこれが恋心なのかと聞かれると、違うような気もする。

 北条には問い詰められるのかと思ったがそういうわけではなく、ただ興味が湧いただけのことのようでホッと胸をなで下ろす。しかしホッとしたのもつかの間、次なる爆弾が投下された。


「美咲、告白されてましたよ」

「んなっ!? 」


 北条に驚かされるのは今日だけで何回目だろう。しかしそんなことはこの際どうでもいい。

 春山が告白されて、誰かの彼女になる。 そんなことを想像したことがなかった。 急に遠くに行ってしまったような気がして、その告白相手に無性に腹が立つ。

 自分が憮然とした表情になっている自覚がある。そもそも、北条はなんだって俺にそんなことを言うんだ。思わず立ち上がり鋭い目つきで北条を見ると、期待の混じったような瞳で見られていた。



「告白されてたのは、嘘です。 ごめんなさい」

「んぐっ」

「ふふ。でも、その反応だと満更でもなさそうですね」


 もう頭が働かない。 なんだこの美少女の皮をかぶった魔性の女は。完全に遊ばれていて、勝てる気がしない。ぐったりして再びスツールに腰掛ける。



「私は応援しますよ。 あなたの恋」



 びっくりして彼女の方を振り返ると、まるで絵画の中にいるような笑顔でこちらを見ていた。

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