第17話 初デート

 北条に『恋』だなんて言われたこともあって、今日会うことをそれはもう意識しまくってしまった。まだ、自分でも良くわからない感情を急に昇格させられた感じだ。色々思い返しているとなかなか寝付けず、結局意識が落ちたのは空が明るみを帯びてからであった。


 

 そして目を覚ました時には、待ち合わせ時間の10分ほど前で大慌て、というのが現状の説明となる。


 さすがに待ち合わせ時間に着くのは無理そうなので、春山にはメッセを送りつつ、手近な服に着替えて玄関から外に飛び出す。すぐに春山からの返事を受信したらしき音が鳴ったが、もう自転車を漕ぎ出していた。

 

 普段だったら歩いていく駅が、猛烈な勢いで近づいてくる。 待ち合わせの噴水広場は駅の南側にあり、こちら側に位置する。


 噴水広場に着くと、待ち合わせの定番スポットなだけあってそれなりに賑わっていた。 キョロキョロと辺りを見回して見るが、一人の女性はいない。 中央にある時計台は待ち合わせの時間から15分程経過したところを示していた。自転車置き場に愛車を収めて、走って噴水広場へ戻る。

 今度はゆっくりと辺りを見回すがやはり一人の女性はいない、と思ったところで死角から声がかかった。


「菊野くん、ここよ」


 その声に振り向くと、少し呆れたような表情を浮かべた春山ともう一人、クラスメイトの倉田がいた。


「遅れてホントごめん! 」

「やっぱり待ち合わせ、菊野くんだったんじゃん」

「もう、菊野くんメッセ見た?」


 メッセ送ったのに、と言われたが、大慌てだった俺は見るのを後回しにしてしまっていたのだ。

 スマホを慌てて見ると、そこには春山から何個かのメッセが連続で来ていた。


『焦らないでいいので、気をつけて来てね』

『噴水広場の時計のところにいます』

『倉田さんと会っちゃった』

『移動してから待ち合わせにできる?』


 倉田に見つかったあと、デートなのかと問い詰められていたところに自転車に乗った俺が来たと。そのまま移動したから待ち合わせ場所を変えようとしたところに、戻って来てしまった。ご丁寧にも待ち合わせしていたことを示す言葉も添えて。


「なに、二人付き合ってるの? 意外! 」

「意外ってなんだ。 別に付き合ってるわけじゃないし」

「そうだよ、ちょっとお買い物を手伝ってくれるだけで」


 自分で否定するのもちょっと悲しいが、事実なので仕方がない。 その事実を証明しようとする春山にも少し寂しさを感じる。


「んじゃ、私も一緒に行ってもいい? と言いたいところだけど、バイトだからなー。 また明日聞かせてね! 」

「う、うん? 倉田さんが聞きたい話にはならないと思うけど――」


 春山の返答を聞いたのか聞いてないのか良くわからない倉田は、「バイビー」と手を振りながら、近くにあるカラオケ店に駆け込んで行った。


「それじゃ、あたしたちも行こっか」

「おう」


 並んで歩く春山は、ピンクゴールドのフレームは相変わらずだが、唇の雰囲気が違ってすこし色っぽく見える。ベージュ色のタートルネックのニットに、長めのデニムスカートを合わせた格好は、春山の柔らかな雰囲気に良く似合っている。いつもの制服とは雰囲気が違って、それだけでドキドキしてしまう。


 噴水広場から見える家電量販店に向かう。 壊れたスマホはいわゆるリンゴマークがついたものであったので、今までのアカウント資産を有効活用するとなると自ずと選択肢は限られてくるだろう。最近できたビルに入っているこの家電量販店は都心にあるものよりはこじんまりとしているが、品揃えはそれほど遜色がなく、特にスマホ関連はそれなりの売り場面積がさいてあるため目的のものが見つかりやすい。


 早速、スマホ売り場の店員を捕まえて、機種の在庫を確認する。 と同時に、春山に容量、色、画面サイズなんかを聞いていく。 使い方からいって必ずしも最新機種を選ぶ必要はないだろう。選択肢を3つにまで絞り春山に聞く。


「菊野くん、すごいね。 店員さんよりも詳しいんじゃない? 」

「そんなことないよ、向こうもプロだから。 素人が知れる範囲なんて限界があるし」

「相変わらず謙虚だね。 あたしが知ってる男の人は、俺が俺が!ってタイプの人が多いから。 菊野くんみたいに謙虚な方が、あたしは好きだな」


 柔らかなフルートの音色のような声で、さも自分が好き、と受け取れるような発言にバスドラムを強打したように心臓が高鳴る。



(違う、そういう意味じゃない、勘違いするな――)


「そんなことはいいから、早く決めろよ」



 ドキドキしているのを悟られないように、つい口から乱暴な言葉が飛び出る。春山はさして気にしていないようで、提示された選択肢で悩んでいた。時々受ける質問に回答していると、ようやく決まったのか指をさした。


「これがいいかな。色はやっぱりピンクかな」

「おっけ。店員さんと話してくる」


 手続きを待つ間に、眼鏡のフレームよりも少しピンクがかったスマホに似合うケースを探そうと、ケース売り場にやってきた。 売り場にはいろんな形があるが、春山が欲しいのは手帳型のようだ。 手に取ったのはアイボリーをベースに紺のラインが入ったもので、落ち着いた雰囲気が本人に良く合っている。 派手なピンクとかよりも、落ち着いた色が好きな俺としても好みのデザインだ。


「どう思う? 菊野くん」

「いいと思うよ。 落ち着いていて好きな感じ」

「じゃ、これにしようかな」

「いいの? そんな選び方で。 責任重大だなぁ」

「いいのいいの。 画面のフィルムも欲しいな」

「それならこっち」


 結局、ケースとガラスフィルムを選んでいたら、手続き完了目安の時間がやってきて、一緒に会計もしてもらえることになった。受け取った新しいスマホにSIMを差し、今度はケースに収めて、満足そうに頷いている。今度は、眼鏡の奥に満面の笑みを浮かべて、印籠のように掲げて「どう?」と、聞いてきた。

 その笑顔に息が詰まる。いつもの穏やかな雰囲気と違って、ちょっと得意げに笑った顔がとても眩しい。


「かわいい、よ」

「えっ? ええっ!? 」


 思わず本音が口から滑り出て焦る。 焦ったのは春山も同じだったようで頬を赤く染めている。 慌てて「スマホね、スマホ」と弁解するも、顔を真っ赤にした二人は周りから見たらどんなふうに見えただろう。




「ほんじゃ、目的は達成したかな」


 遅刻はしたものの、比較的早い時間にお店に行けたため、手続きはスムーズに終えることができた。 スマホの購入ミッションは、残念ながらこれにて終了ということになる。


「遅刻してきたのにもう終わり? 」

「うぐっ。それは悪かったってば」

「うそうそ。 気にはしてないけど、まだ時間あるなら残りの時間ももらえる? 」

「へい、仰せのままに」


 デートの延長戦ね、と笑う彼女に、やっとバラードくらいのテンポに落ち着いた心臓は、再びマーチ並みに早くなってしまうのであった。

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