第18話 初デート(延長戦)


 お昼には少し早い時間だったが、俺は朝ごはんを食べ損ねたし、春山も特に気にしないということで、サンドイッチ屋さんに入ってこの後の予定を決めることにした。

 この駅の周りで過ごすなら、無難にショッピングか、カラオケかゲームセンター、あたりだろうか。


「菊野くんって、普段映画見る? 」

「たまに見るくらいだけど、嫌いじゃないよ」


 そうだ、家電量販店と同じくらいの時期にできた映画館があった。平日で学割もきくとあらば結構お得に見られるのかもしれない。


「このあと映画、どうかな。 『コンビニ店員がアイドルに恋をしましたが何か?』が前から見たかったんだけど、嫌じゃなければ」

「いいんじゃない? 何時から? 」

「13時だね。 ちょうどいいかも」


 じゃスマホで席取っちゃうね、と新しいスマホをすいすいと操作する。平日の学割で1,000円で済んでしまうのだから学生はお得だ。予約が済んだらしい春山は、レタスサンドに手を伸ばす。俺も、とエビカツサンドを頬張っていると、春山から緊張した声が飛んできた。


「聞きたいことがあるんですけど」

「んぐ。 どしたの、改まって」

「菊野くんも、唯香狙い、なの? 」

「ユイカ? 」

「うん、北条唯香。 7組の」

「あ、ああ、北条ね」


 思わぬ名前が出てきて、そして昨日のことを思い出して狼狽えてしまった。菊野くん、というのは他にも多くの北条狙いがいて、それを見てきたということであろう。


「どうなの? 」

「北条は狙ってないよ」


 口にしてから気づいたが、これではまるで他に狙っている人がいるかのようではないか。 そう思って春山を見てみたが、難しい2次方程式でも解くような顔を浮かべて「そっか」とつぶやいただけだった。


「昨日、カフェ図書館で会ったんでしょ? 唯香から昨日メッセ来て、聞いたの」

「ああ、たまたま会ったんだ。 まさか向こうが俺のこと知ってるとは思わなかったけどな」

「唯香があそこに出入りしてるの知ってて追っかけたのかと思った」

「いやいやまさか。 俺、中学の時から時々行ってたくらいだし」



 会ったことは春山に知れても構わない。だが、『抱き合ったのを見た』だの、『恋を応援する』だのの話題は非常にマズい。

 応援する、と言っていた北条がどんなメッセをしてたのか気になって仕方がない。怪訝そうな顔をしていたのか、春山からの質問は当然のものだった。


「何か言われた? 」

「いやいや、これといったことはないよ。あ、横柄だって言われたな。 北条は春山になんか言ってた? 」

「バスクラさんと会ったよ、って」



 とりあえず春山に変わったところはないし、変な風には伝わっていなさそうで少し安堵する。



 このあと観る映画は、コンビニ店員役を公募のオーディションで選んだらしい。 それが話題となってなかなかの人気を得ているらしかった。 アイドルの方はモデル出身の女優さんでドラマでもよく見かけるのだが、調べてみたら4Seasonzと同じ事務所だった。


 映画館へは移動し始めてものの数分で着いた。 流石に平日の昼間では、映画館も大盛況というわけにはいかないらしい。

 学生証を見せるのと引き換えに予約した席の券を受け取り、券面に書かれたスクリーンの扉を開けて中に入る。ほどなくして、ブザーが鳴って広告の映像が流れ始めた。





「あんな恋がしたいなぁ」


 意見交換会と称して入ったカフェで春山がこぼした言葉は、なんともコメントしがたい感想だった。 その辺のチャラ男じゃあるまいし、俺がさせてやる、なんて臭いセリフ言えるわけがない。さっきだって謙虚な男が好きだって言ってたし。


「俺は彼女なんかいたことないから、アドバイスなんかできんぞ」

「吹奏楽部ならいっぱい女の子いるのに」

「数いればいいってもんじゃないだろ」

「誰か狙ってる人がいるんじゃないの? 」

「いねーよ。 部活は楽器が恋人。 なんつって」

「さっき、『北条狙ってない』って言うから、お目当てでもいるのかと思った」


 ヤバいヤバい、やっぱりさっきの聞かれてたか。というわけで、用意してあった言い訳のセリフを述べる。


「ほら、俺は『岬千春』狙いだから」

「えっ? 部活の人じゃなかったんだ。 本気なの? どこが好きなの? 」

「あっ、いや、本気というかなんというか・・・」


 引くわー、くらいの反応を予想していたから、逆に食いつかれて焦る。 アイドル狙いとか冗談で終わらせるだろ、普通。 結局用意していたセリフを使えずに、しどろもどろになってしまった。


「菊野くんは理想が高いのね」


 春山は、柔らかなというよりは少し冷ややかな笑みを浮かべてこちらを見ていて、心の内側を全て見透かされているんじゃないかと思った。


「なんで岬千春なの? 」

「え、えっと、あんな可愛い子が彼女だったら嬉しいじゃん」

「可愛いければ誰でもいいの? 」

「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど」

「じゃなんで岬千春なの?」


 いつもよりも攻撃的な春山に少したじろいだが、なんでそこまで突っかかられなければならないのか。



(――本人目の前にして、お前が気になってるなんて言えるわけねーだろ)



 そんな不満を表に出さないように気をつけながら、攻勢を凌ぎきるしかなかった。

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