第19話 ご予約は2名様

 風が冷たさを増してきたある日、1年8組の教室の前には人が集まっていた。 人を避けつつクラスに入ると、そこには人を集めていた張本人である北条唯香が俺の席に座っていた。 春山は、いつもどおりのピンクゴールドフレームの眼鏡をしているが、手にしているのは真新しいケースに包まれたスマホだった。


「おはよ」

「あら、お越しになったのね。 おはようございます」

「おはよう、春山。 珍しいところでお会いしましたね、北条さん」


 俺の第六感が警鐘を鳴らし続けているのだが、俺の席にいる以上向かわないわけにはいかない。何事もなかったかのように朝の挨拶を交わす。

 北条はほんのり含ませた嫌味をものともせず、俺の席に座ったまま驚くべきセリフを吐いた。


「菊野さんもいかがかしら? 私たちのクリスマスパーティ」

「はぁっ!? 」


 俺だけでなく、周りのクラスメイトも、それどころか廊下にいた野次馬までもが素っ頓狂な声を出す。思わず春山を見るが、先に聞かされていたのか驚いた様子はない。


「男女ペアでお越しになる方が多いですから、美咲のエスコート役にちょうどよろしいのではないかしら」

「俺はオマケか」

「わかりやすく言うと、そうなりますね。 まだひと月ありますから、お返事はごゆっくりどうぞ」


 言いたいことをひと通り言ったのか、席を立った北条は、すれ違いざまに「ご予約は2名様でお取りしておきますね」と言い残してクラスを出て行った。春山に何事かと聞こうとしたが、倉田という第二の刺客に対応するので精一杯なようで、困った顔を浮かべているだけだった。





 文化祭が終わればお祭りモードも終わり、期末試験がやってくる。 授業中もピリピリしたムードが漂ってくる。ちなみに俺の成績は上位25%には入る、くらいだ。 1学年に400人いるから、だいたい上位100人くらいか。 苦手な文系教科の成績がもう少し上がればいいんだが。


 成績を上げたい退屈な古文の授業が終わったあと、昼休みにいつものように、田中、山田と一緒に弁当を食べていた。気になる話題はやはり、テスト――のつもりだったのだが、二人は違ったようだ。



「お前、北条さんとどんな関係なん? 朝のびっくりしたぞ」

「そうそう、なんでいきなりクリスマスに誘われてるんだ。まさか付き合ってるわけじゃないよな? 」

「それだ、思い出した! 春山、どういうこったありゃ」


 隣の席で矢口、海原と一緒に食べている春山に声をかけると、経緯を話し始めた。


「えっと、唯香とは中学のときから4、5人で集まってパーティやってたの。 別の高校に行った2人が彼氏持ちになったんだけど集まってパーティはしたいから、今年から彼氏も同伴許可ってことになったの」

「美咲って北条さんと仲良しだったんだ! 同じ中学? 」

「うん、そうだよ。 ここでの唯香の人気には参っちゃうけどね」


(なるほどな、『応援する』の一環なわけね。 そういや北条も男と歩いてたって話もあったな)


 俺が聞いた質問への回答はそのまま女子トークの呼び水になってしまったため、男たちの方に振り返る。田中、山田は二人して難しい顔をしていた。


「どした? 」

「あ、いや大地が北条さんとそういう関係ないでないのはわかったんだが、春山と付き合ってるってことか? 」

「なんだと! 大地お前裏切るのか! 」

「なんだ裏切るって。 連合組んだ覚えはねーよ」

「ってことはやっぱり」

「付き合ってるわけでもねえって。 それよか、山田、お前の方こそどうなんだよ」

「げっ、大地なんで知ってんだ」

「なにー! 山田までなんだ! 白状しろ!! 」


 なんとか話はそらせたが、隣の席に座る春山の方は向けなかった。






「俺が彼氏役でいいのか? 」

「え? あのクリスマスパーティの話? 菊野くんならもちろんだよ。 お願いしちゃってもいい? 」

「お、おう」

「ホントの彼氏になってくれてもいいんだよ? 」

「ちょっ、冗談でもそういうこと言うなよ」

「菊野くんは岬千春が好きなんだもんねー? 」


 ぐぬぬ、と唸って春山見たが、眼鏡の奥でイタズラっぽい笑みを浮かべてくすくす笑っていた。キューっと、心臓を掴まれるような感覚を覚える。



(ああ、もう! そんな顔するなよ)



 俺はもう見ていられなくって、頬杖をついて前を向いた。







『クリスマスってやっぱりイベントとかあるのか? 』

『その年によるかなー。 今年みたいに平日だと出られないからなし』

『クリスマスライブみたいのやるのかと思ってた』

『事務所はやりたいみたいだけどね。 お友だちとクリパもあるし。 先約あってごめんね、大地』

『うるせーよ。 俺だってクリスマスぐらい予定あるわ』

『え? 彼女? 』

『いや、学校のやつからパーティ誘われただけ』

『彼女がいないかわいそうな大地とデートしてあげるよ。 来週の土曜日ね! 』

『おい、勝手に決めるなよ』



 しばらく待ってはみたものの、既読すらつかなかった。来週の木曜日からは期末試験前の部活禁止期間だから、そこは心配ない。勉強は、――まぁ1日くらいならいいか、とスマホに予定を書き込んだのであった。


 その後、風呂に入りながら考えこんでしまった。


 いつも柔らかな雰囲気で笑顔を見せる春山。眼鏡かけてて、化粧っ気もあんまりなく地味。 でも、冗談も言い合えて話していると楽しい。 なにより、自分の庇護下に置いて守ってあげたくなる。


 岬は、快活で笑顔が抜群。 機転もきくし、料理もできる。 でも、ちょっと抜けてておっちょこちょい。 高いところも苦手。 スキンシップ多目で、――柔らかかった。


 ただ、岬は現役アイドルだし、さすがに手が届くような存在ではない。 だから手が届きそうな春山が好き? あれ、俺やっぱり春山のこと好きなのかな。 春山と岬の顔を思い浮かべていたら、雷にうたれたような衝撃を受けた。


 「あんた、いつまで風呂入ってんの! あとがつっかえてんのよ!」



 ――衝撃は、風呂のドアが叩かれただけだった。

 おかげで、考えていたことは、綺麗さっぱり吹っ飛んでしまった。

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