after story 第9話 アイドルオタク?
最上級生になった俺は、部長として新入生への挨拶をしていた。 内容は至って無難だし、せいぜい夏のコンクールに向けての意気込みを語ったくらいなんだが、他の3年男子達からのヤジがすごかった。
例えば――。
「いよっ、部長! アイドルオタクのクセに喋りがウマイぞ! 」
「千春推しの第一人者! 」
「ドルヲタっぷりはまだ彼女にバレてないのー? 」
などなど。
少しは俺にもカッコつけさせて欲しい。 おかげで新入生からの質問といえば、『SHUN-KA』、特に岬千春に関すること一色だ。
なんでこんなことになったのか。 それは『4Seasonz』の終わりを、そして『SHUN-KA』の始まりを伝える記者発表を見て、涙ぐんでしまったのを、奴らに見られていたからだ。
記者発表があったあの日、美咲が緊張した面持ちでマネージャーさんが運転する車に乗り込むのを見送った。 俺はその後部活があったから、記者発表の動画配信を部室で見ていた。
「頑張れ、美咲」
「大地お前、そんなに好きなの? 」
「うわあああっ、ビビらせんなよ! 」
「おいおい、大丈夫か? さっきからずっといたんだけど、お前集中しすぎだし」
「お……マジか、わりい」
スマホの中では、シンガーソングライターのアツシがプロデューサーとして『4Seasonz』としての活動を終えることと、美咲と夏芽の二人で『SHUN-KA』を結成することが告げられた。
後ろでまだ見ていた男子どもは何やらざわめいていたが、問題はこの後だ。 固唾を飲んで見ていると、スマホの中の美咲が語り出した。 たとえ叩かれることがわかっていても、それでも語った覚悟と決意。 その姿を見ていたら、不覚にも涙が出そうになってしまった。
誤算だったのは、その涙ぐむ姿を男子どもに見られてしまったことだった。
「おい……大地、お前まさか……千春ちゃんのことそんなに好きだったのかよ」
「まさか千春ちゃんに恋人がいたとはな」
「ドンマイ、大地」
「ちょっ、これは、違くて」
「春山さんには黙っておいてやるからな。 男同士の約束だ。 なぁ、野郎ども」
「おう! 」
「しかし……いくら共演したからって、そんなに入れ込まなくていいのに。 彼女いるクセに」
「だよなー。 春山さんはちょっと地味だけどさ、千春ちゃんと付き合えるわけじゃねえんだから身の程を知れ」
勝手なことを言いやがって。 そもそも、お前らが地味だと言ったそいつが岬千春だよ。
――当然、そんなこと口にできないが。
男子どもは、俺が『恋人発覚で涙するほど千春が好き』と結論付けた。 それ以来、男同士の約束とやらで美咲の前で岬千春の話題が上がることはなかったが、同時に部活でさっきのようにヤジられるようになったわけだ。
その発言を聞いた周りが話すもんだから、なんの意味もなしていないのが実情だけど。
でも、俺がヤジられることなんてかわいいものだ。 美咲の覚悟と決意を忘れないために、時々記者発表の動画配信を見ている。
今も、スマホの画面ではその動画が流れている。
――
『プロデューサーのアツシです。 本日はお集まりいただきありがとうございます。 本日は、こちらにいる4Seasonzの今後の活動についてご報告させていただきます。 質問は代表で、後ほど受け付けます。
まず、二年弱活動してきた4Seasonzですが、今年の三月末をもって四人での活動を終了します。 秋菜と冬陽は今後アイドル活動から外れ、それぞれの夢を叶える為の活動をします。 秋菜はソングライター、冬陽は声優です。
あとの二人、千春と夏芽で新ユニットを組みます。 新ユニットの活動開始は4Seasonzの終了を待たずして始めます。 名前は『SHUN-KA』です。
では、四人それぞれからコメントです』
『4Seasonz リーダーの秋菜です。 いま、アツシさんからありましたとおり、今年度いっぱいで4Seasonzを卒業します。 今まで応援いただき、本当にありがとうございました。 来年からは本格的にアツシさんに弟子入りきて作曲を勉強します。
ずっと作曲家になることが夢でした。 ライブでハルちゃんに歌ってもらったこともありましたし、今後同じように楽曲をたくさん提供できるように勉強したいと思っています』
『はい、4Seasonzのインテリ担当冬陽です。 ……笑うところですよ?
私は、先日公開されましたアニメ映画『アイのスガタ』でヒロインのチユ役で声優をやらせていただきました。 昔からの夢だった声優に挑戦できたことは、本当に嬉しかったですね。 ただ同時に自分の技術の無さも痛感しました。
ご一緒させていただいた声優の皆さんが本当にすごくて。 なので私は職業として声優になるために、きちんと勉強をしようと思いました。
アイドル活動を続けながらというのは難しいこともあるので、声優の勉強に専念しようと思います。 二年弱と短い間になりましたが、たくさんの応援をいただき、ありがとうございました』
『4Seasonz、お色気担当の夏芽です♪ 卒業する二人から挨拶がありましたが、私は正直言って反対でした。 グループのみんなとまだまだ活動を続けていたかった。 でも、二人の夢を叶えたい気持ちもわかります。 だから、応援することにしました。
私にも女優として活躍したいという夢があります。 だから、グループとしての活動を終えたとしても互いに切磋琢磨しながら夢の実現に向けて努力したいと思います』
『4Seasonzの岬千春です。 担当は……特にないです。 あたしも、二人の卒業を聞かされた時は驚きましたし、寂しく感じました。 でも、二人とも作曲や声優の才能があると思いますし、応援したいという気持ちです。 これからはナツと二人のユニットとしてやっていくことになりますけど、二人が安心して見ていられるようなパフォーマンスを出せるように、今まで以上に頑張りたいと思います。
それと、あたしからみなさんにご報告があります。 あたし、岬千春には恋人がいます。 同い年の一般の方です。 お伝えするべきか、本当に迷いました。 応援してくださるファンの方へ嘘をつきたくないし、なにより自分自身を偽ったままステージに立ちたくないという思いで、今回お伝えすることにしました。
アイドルのくせに、という声もいただくことがあるかと思いますが、応援していただける方がいる限りステージに立ちたいと思います。 恋人がいないから応援していた、という方には大変申し訳ありませんが、あたしのワガママを許していただけると嬉しいです』
『では、代表質問に移ります。 令和芸能さん、お願いします』
『令和芸能の草場です。 お願いします。
アツシさん、いつ頃から構想を練っていましたか』
『夏ごろですね。 冬陽の声優チャレンジが終わったころ。 彼女の演技には正直言って鳥肌が立った。 手前味噌ですが。 このままアイドルの枠組みに押さえ込むのがもったいないと』
『では他の三人のこともその時期でしょうか』
『そうですね。 夏芽、秋菜は、3月で高校を卒業になる。 人生の節目になるし、形が変わることもあるだろうと。 どう伝えるかは散々悩みましたがね』
『卒業する二人へのコメントをお願いします』
『秋菜は、グループのリーダーとして見えないところでも活躍してくれた。 作曲だけでなく、総合的なプロデュースも充分できる。 しばらくは一緒にやりたいと思うが、すぐに抜かされそうだ。
冬陽は俺が想像した以上の才能を見せてくれた。 いまはまだ原石だが、専門家のもとでしっかりと磨いて、日本中を席巻してほしい。
以上です』
『ありがとうございました。 代表質問は以上です。 一般質問に移ります。 ご質問のある方は挙手をお願いします』
『岬千春さん、恋人がいるとのことですが、いつからですか。 他のメンバーに迷惑をかけるとか思いませんでしたか』
『今年に入ってからです。 アツシさんや他のメンバーにも迷惑をかけることはあるだろうと思いましたし、実際に迷惑をかけることになってしまっています。 ただ、事前に相談したときに迷惑がかかることになっても応援すると言ってくれたことにとても感謝しています』
『個人のワガママが、ファンの人に受け入れられると思ってますか? 』
『確かに個人的なワガママではありますし、すべての方が受け入れてくださるとも思っておりませんが、一方で受け入れて応援してくれる方も必ずいると信じています』
『裏切りだと思う方が多いのでは? アイドルを続けるのならば別れるべきでは? 』
『恋人がいないことがアイドルに必要ならば、あたしはアイドルを辞める方を選びます。 あたし自身の人生も一度きりですので、後悔しない選択をしたいと思っています』
『そこまで言わしめる相手の方はどんな方で? 』
『先ほど申し上げたとおり、同い年の一般の方です。 ……その、クラスメイトです。 それ以上のことはご容赦ください』
『知りたい人が多いと思いますが? 』
『お話しできません』
『それで責任を果たしたとでも? 』
『申し訳ありません。 恋にかまけてパフォーマンスが落ちたと言われないように頑張ります』
『……ありがとうございました』
『他にご質問などございますか。 ……それでは、以上で記者発表を終了させていただきます。 その他個別の取材等につきましては、広報担当までご連絡をお願いいたします。 本人への無許可での直接取材はご遠慮ください。 本日はありがとうございました』
――
そこから数日、岬千春の熱愛報道はスポーツ紙やら週刊誌やら、そしてそれらを記事に使ったネットニュースなんかを賑わせた。
しばらくは美咲が心配だったが、世間の反応は意外にも辛辣なものだけではなかった。 特に女性からの反応は同調するものが多かった。 どうやら芸能人ではなく、クラスメイトというところが受け入れられたようだ。
そして高校生活最後の一年が始まるころには、ニュースも次第に忘れられていった。 悪ふざけをしている男子どもを除いて。
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