after story 第8話 魔王の城

「ねぇねぇあたしね、記者発表の前に大地の両親にちゃんと話したいの」

「何を? 」

「とぼけないでよ。 アイドル活動のこと。 いつか本当に結婚の挨拶をすることになった時に、なんで黙ってたのってなりたくないから」

「なるほどな。 そうなんだよな。 それがあるんだよな」


 結婚の挨拶といえば『お前には娘はやらん! 』的なイベントのイメージがある。 マンガでしか知らない世界だけど、まだまだずっと先の話だと思っていた。 というか、想像すらしたことなかった。


 今回、美咲がウチの親に会うとしても、別にそれが結婚の挨拶な訳ではない。 それはわかってる。わかってるけれども。


「どうしても? 」

「うん。 あたしのけじめなの」

「そんなすぐに? 」

「うん、ってば。 あたしが行くだけなんだからいいでしょ! 」


 そうはいかん。 もし美咲が挨拶に来るというのなら、先に俺が美咲のお母さんのところへ行く。 今時古臭いのかもしれないけど、それが筋ってもんだ。


「わかった。 じゃあ俺が先に挨拶する。 ウチの親に会ってもらうことの筋を通す」

「それこそ、そこまでしなくても……」

「ダメだ。 俺にも男としての矜持がある。 それに、将来を共にするのならもう一人の問題じゃないだろ? 」




 そう話したのは今週の初め。 それから迎えた週末、こうして美咲の住むマンションに来てみるとまぁビビる。 コンクールの関東大会の時より緊張している。 矜持とやらはどこへ行った。 そびえ立つマンションがまるでラスボスの居城のようだ。


 いや、まだ約束の10分前。 5分前になったらピンポンを押そう。

 そう思い始めてから――はや5分。 時間ってこんなに早く進むんだったっけか。 ええいままよ、とばかりに部屋番号と呼び出しボタンを押した。


「はーい、開けるね」


 聞き慣れたはずの柔らかな声も、今日は幾分緊張感を帯びている。 俺がそう聞こえるだけなのかもしれないが。


 そんなことを考えている間に、魔王城のオートロックのドアが開いた。 このダンジョンはエレベーターに乗れば魔王の部屋に直通。 途中に中ボスや宝箱があるわけでもない。 心の準備はさっきと全く変わらぬまま、美咲の住む8階にエレベーターは到着した。


 家のドアの前には美咲がもう出てきていた。 着ているアイボリーのニットワンピースは、凹凸がはっきりしてきた身体のラインがわかりやすい。


 美咲は、俺が大人っぽくなったと言うけど、美咲の方がより顕著なんじゃないかと思う。 最近では、学校でいくら地味に見せていても、隠せてないような気がするし。


 ただ、お弁当を一緒に食べたり、朝も一緒に登校するようになったから、前と違って俺という彼氏がいることは認知されるようになってるはずだ。


「いらっしゃい」

「ん」

「どうぞ。 ごめんね。 わざわざありがと」


 美咲はぎこちない笑顔を見せながら、歓待の挨拶を寄越した。 短い言葉の応酬に、やはり美咲も緊張しているのだと感じる。


 家の中に招かれるとあっさりとラスボスのいる部屋への扉が開かれた。

 以前お邪魔した時の春山家は、女所帯なのもあるのか我が家とは違ういい匂いがした。 それが今日はどうだ。 まったく匂いがしない。 やはりいつもと違って魔王城になってしまったからなのだろうか。


「お邪魔します」


 リビングから漂う魔王の気配を感じつつ、羽織っていたコートを脱いで美咲に預けた。 流石にスーツなんか持ってないから、シャツに薄いニットが装備品だ。 氷魔法を緩和する防具はもう預けてしまったから、もし絶対零度の息吹を浴びればひとたまりもないだろう。


 美咲に促されてリビングに入ると、美人姉妹の母親が冷たささえ感じる美貌を携えて座っていた。 その瞳に見つめられると、身体が凍りついたように動かない。


「こんにちわ、大地君」

「あ、と、こんにちわ。 お時間いただいて申し訳ありません」


 クスッと笑った美晴さんは、流石に美咲のお母さんといった感じで、笑顔がよく似ている。 やはり美人なのだが、今日はなんだか冷酷な雰囲気が漂っている。 ひりつくような視線が少し痛い。


「お話があるんでしょう? 座ったら? 」

「は……い、失礼します」

「美咲も」

「はい」


 まだ何も話してないのに、この威圧感はなんだろう。 完全に気圧されてしまって、どう切り出そうか考えたはずなのにうまく言葉が出てこない。


「どうして何も言わないの? 」

「あっと、すみません。 どう話し始めようか迷ってしまって」

「まどろっこしいことはいいのよ。 結論を言って」

「あ、はい。 えっと、美咲といずれ結婚したいと思っています。 その報告に」

「何で? 」


 何で? 何故?

 結婚したいと思っている理由? それとも報告に来た理由?

 発言を急かされて、思ったことを口にしたまで。 でも本音であることは間違いない。


「その、アイドルをやっていることも聞きました。 それでも、ちゃんと大切にするし、ずっと一緒にいたいと思ってるんです。 だから、その……」

「美咲は? あなたはどうなの。 わざわざ二人揃って私に報告だなんて、何かあるんでしょう」

「それは……」


 俺が筋を通すと言った分まで話してはいけないと思ったのか、美咲は言い淀んだ。 その様子を見た美晴さんは、ここぞとばかりに攻勢を強めた。


「ほら、何かあるんでしょう。 さっさと言いなさいよ。 二人とももう高校生なんだから善悪の分別はついてるでしょう」

「じゃあ、俺から。 美咲からの提案でウチの親に紹介しようと思います。 美咲のアイドル活動のことも合わせて。 ただ、将来のことも含めて、と思っているのでこうして先に報告に来ました」

「それは、わかったわよ。 それで? 」


 ――それで?

 もう、これ以上言うことないはずだよな。 美咲と目を合わせるも、目には困惑の色が宿っている。 どうにも話が噛み合っていない気がする。


「ねえ、お母さん、話したいのはこれで全部なんだけど……」

「そんなわけないでしょう。 高校生の娘が彼氏連れてきて、いきなり結婚だなんて普通言い出しますか」


 まあ、確かに普通ではないかもしれない。 でも、それは美咲が普通の高校生ではないからだ。 しかも、今すぐというわけではないし、そんなに変なことは言ってないはずだ。


「もう、ここまで話しても口を割らないなら言っちゃうけど、美咲あなた、妊娠してるんじゃないの? 」


 ――に、妊娠!?

 いやいや、まさか。 手すら握ったことない、とは言わないが、妊娠するような行為はいままで一切していない。


「えっ? お母さん何言ってるの? 妊娠なんかするわけないじゃない。 ……その、したこと……ないし」

「……本当に? 」

「うん。 あり得ない。」

「じゃあ、先週えずいてたのは? 」

「こないだのそれは、その……タピオカ食べ過ぎちゃって……」

「……。 それじゃ、本当に妊娠したりはしてないのね? 」

「うん、ってば」

「なんだ……。 そうだったの。 だいたいね、美咲が深刻そうに大地くんと一緒に報告がある、だなんて言うから、取り返しのつかないことになったんだとばかり……」

「だからって妊娠だなんて」

「年頃の娘に彼氏がいれば、そのぐらい心配するわよ。 はぁ、寿命が縮んだわ」


 マグカップに入ったコーヒーをグイッと飲んだ美晴さんは顔を上げると、さっきまでとは打って変わって柔和な表情を見せた。


 さっきまでの冷ややかな視線は、美咲が妊娠したと思い込んでのことだったのか。 そりゃあんな態度になるよな。


「あんたたち、クソみたいに真面目よね。 少し緩さも覚えないと将来苦労するわよ」

「そんなこと言ったって……」

「俺としては、いくら真面目でも真面目すぎることはないと思ってます。 美咲とのこと、それくらい真剣に考えてますから」

「ふ〜ん、言うじゃない。 じゃ、この先どうやって美咲を幸せにしてくれるのかしら」


 ちょっとカッコつけたつもりが、まさかのツッコミを受けてしまった。 言葉に詰まってしまったが、ここで負けるわけにはいかない。


「えっと、大学行って、それから就職して、2、3年したら生活も安定するし、その頃になったら結婚できるかな、と」

「……大雑把すぎない? 」

「すみませんでした」

「ちょっと大地!? 」

「あっはっはっは」


 完全に白旗だった。 俺は将来何がやりたいんだろう。 自分の将来さえ決められていないのに、どの口が美咲を幸せにするだなんて言えるだろうか。


「大地君は、真面目すぎ。 高校生の段階で将来を決められている人なんてひとつまみよ。 さっきはちょっといじわるしてみたけど、私としては大地君が美咲を大切にしてくれてるのがわかっただけで今は十分」


 一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったみたいだ。 ここに来て緊張の糸がぷつりと切れてしまった。


 はぁ、と小さくため息をついたら、二人に爆笑された。 軽くしたつもりのため息は、バッチリ聞かれていたらしい。


「いくらなんだって、そこまで深いため息つかなくても……」

「あっはっは。 もうちょっとスマートに立ち回れないとモテないぞー? 」

「お母さん!? 大地はこれ以上モテなくていいの! 」

「あんたね、仮にもアイドルやってんだから、もう少しドーンと構えてなさいよ。 先が思いやられるわ」

「大丈夫だもん。 誰に何言われたって負けないんだから」

「ふうん? 大地くんのご両親のところ行くんでしょ? アイドルやってるなんて言ったらどんな反応なさるでしょうね〜? 」

「……うっ。 お母さんのいじわる」


 家族と一緒の時には、こんなに甘えた姿になるんだな。 俺といる時の表情ともまた少し違う。 これが三人で暮らしている末娘として過ごす、普段の振る舞いなんだろう。




 こうして二人のやりとりを微笑ましく見ていたときだった。 乱暴に玄関の鍵がガチャガチャと鳴って、部屋に入ってきたのは春山先輩だった。


「ただーいまー! あれ、菊野くん!? ……何、この会。 私も入るー! 」


 魔王を攻略したかと思ったら裏ボスが出てきた気分だ。

 この後、春山先輩にいじられまくったことは言うまでもない。

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