after story 第5話 誤算


 今年も文化祭では吹奏楽部のコンサートが開催された。 ただし、毎年のようにアイドルを呼ぶわけにはいかないから、だいぶ趣向を変えてやることになった。


 オーディション形式で募った校内のグループのバックバンドをすることになったのだ。 発案は部活を引退したすみれ先輩で、当然ながらオーディションに応募していた。

 そして、見事というかなんというか、3グループしかない出場枠を見事に確保していた。


「部長! バックバンド頼むよ! 」

「ちょっと先輩、その呼び方は勘弁してくださいよ」

「何でよ。 事実でしょ」


 夏休みに開催されていた吹奏楽コンクール。 8月半ばにあった県大会までは良かった。 夏休みも終わろうかというころ、部長が交通事故にあって手を骨折した。 部長は関東大会に出場できなくなり、当然ながら部員の動揺は大きかった。


 先生は欠員の補充も含めて、どうにかして冷静に対処しようとした。 が、冷静ならいい演奏ができるというわけでもないし、特にウチの部は結束が力になる雰囲気を持っていたから、動揺を乗り越える前に本番を迎えてしまっては打つ手がなかった。


 結果はというと、全国の可能性がある金賞すらもらえず、銀賞で終えることになった。

 部長は、会場でずっと泣きじゃくっていた。


 夏休みの大会を最後に三年生は引退し、二年生が最上級生となった。 当然、二年生の中から部長が選ばれるわけだが、指名されたのが俺だったというわけだ。



 文化祭のコンサートは去年と違って、お客さんの入りは普通だった。 飛ぶ鳥落とす勢いの4Seasonzの集客力を失ったわけだから仕方あるまい。


 だが、校内オーディションを勝ち抜いたグループのパフォーマンスもなかなかのもので、大いに盛り上がりを見せた。 すみれ先輩はファン集団と思しき塊からの歓声を浴びながら、キレッキレのダンスを披露していた。 大丈夫か、受験生。


 そんなわけで、好評だったコンサートに加え、俺は参加しなかったクラスの劇もこれまた盛況だったらしい。

 実に充実した気分で2回目の文化祭を終えることができた。 美咲がいないことを除けば。





「今日は修学旅行のグループ分けだ。 4班に分けるぞ。 どうやって決めるかはクラス委員に任せる」


 うちの高校は修学旅行で沖縄に行く。 クラスの40人を4つに分け、それぞれのグループでリーダー、サブリーダー、会計なんかの役割分担を決めていく。


 このグループ分け、事前の情報で今日やることがわかっていた。 だからクラス内の仲良しグループはお互いに利害関係を調整しながら、おおよそのグループ分けが決まっていた。


 俺には、美咲と一緒になりたいという野望が当然ながらあった。 だが、中山から一緒にやろうと公言されていたことで女子グループから目をつけられ、事前調整が全く出来なかったのだ。

 だって、中山と一緒になりたい女子同士が睨み合ってて怖いんだよ。 美咲もこれに割って入ることまではせず、二人して半ば諦め気味に今日のグループ分けを迎えた。


 流石に男子も中山と二人というわけにもいかないから、中山とノッポ、それに中山と仲の良い佐々木とで四人組を作っていた。

 運命のグループ分け、さてどうなるやら。


 いざグループ決めが始まってしまうと、俺とノッポ、佐々木は完全に蚊帳の外だった。 だが、中山も自分が選んでは角が立つからと、曖昧な返事に終始している。 このあたりがモテるコツなんだろうな。


 そして、俺たちのグループは女子の中でもリーダー格の宮嶋をはじめとする四人グループと組むことに決定していた。 その頃の俺は、グループが異なる美咲とどうやって二人の時間を作れるか考えこんでいたから全く経緯がわからない。


 残るは二人。 流石に女子グループも元のグループを解体してまで入ることはなく、それぞれグループを作り始めていた。 そうなると残り二人の枠に入るのは少人数で組んでいる人に限られる。


「なぁ、俺たちも入れてくれよ」

「そうだ。 むしろ入れない理由がないとまで言える」


 そう声をかけて来たのは、クラスでもパッとしない男達だった。 俺が言うのもなんだが。


「えーっ!? 」


 間髪入れず非難の声が上がった。 当然俺たちではない。 宮嶋たちだ。


 怖い! 別にうまくハマるんだから良いじゃねえか。 小学生の頃の苦酸っぱい思い出が脳をよぎる。


 おい、と声を上げたつもりだったのに全く発声できておらず、ノッポと苦笑いしてる間に男二人はすごすごと退散していった。


「それじゃ、ウチら入れてよ」


 ハリのある声で売り込んできたのは矢口だった。 せっかく中山と一緒になったのに、女子を入れるわけないだろう。 俺はそんな予想をしていたのだが、それはいい方向に裏切られることになった。


「いいわよ。 じゃ、決まりね」


 ――えっ?


 意外な言葉に正直びっくりした。 「わけわからん」とノッポに呟くと、ノッポが見解を解説してくれた。


 矢口はトップクラスの美人で、中山も合わせるとかなり華やかになる。 矢口には彼氏がいるから取られる心配はないし、美咲は中山を一度フってるくらいだからこれまた安心なんだろう、ということだそうだ。


 やっぱり女って怖え。 でも結果的に、美咲と一緒のグループになれたってことじゃないか!


 その事実に気がついて顔を上げたのと同時に、矢口に背中をパシンと叩かれた。


「いてっ」

「なにおごってもらおっかな」

「お手柔らかに頼むよ」


 矢口はわかってて一緒のグループに入ろうとしてくれたわけか。 美咲はピンクゴールドの縁の奥で、ニコニコと笑顔を見せていた。



 

「それじゃ、行こうぜ」

「おう。 でも駅からそこそこ歩くぞ? ホントにいいのか? 」

「いいっていいって」


 なぜこんなことになってしまったのか。 発端は修学旅行の自由行動を決めているとき、矢口の一言で洞窟ツアーが面白そうだという話になったことだ。 美咲も乗り気だったからそれに異論はないのだが、申し込みがスマホからではできなかったのだ。 そこで自由にPCが使えるウチに行こうという話になった、というわけ。


 駅から遠いという話も聞かず、ただただウチに行ってみたいという中山の意見が最終的に採用された。 もう俺に口を挟む余地はない。 残念なことに矢口とノッポ以外はみんな都合がついてしまったので、仕方なしにウチへ案内することにした。


 いつも一緒の矢口がいなくても、美咲は宮嶋たちと普通に馴染んで話をしたりしていて、もともと五人組だったっけ?と思うほどだった。


 美咲とは何度も通った道だけど、他の人を連れてくるのは初めてだ。 とにかく、決めることを決めて予約したらとっととお引き取り願おう。




「へぇ、結構綺麗にしてんだね」


 片付ける間もなく俺の部屋に入っていった宮嶋は、そんな感想を漏らした。 美咲の痕跡が残っていると俺たちの関係がバレかねないが、その心配はなかったようだ。


 今日ここに来た人の中で俺と美咲のことを知ってるのは中山しかいない。 これならバレたりする心配はなさそうだ。


 とりあえず部屋に入ってもらい、ジュースを取りにリビングに降りてきた。 部屋には美咲がいるから荒らされるようなことはないだろう。


 両手に重ねたコップと1.5リットルのペットボトルを持って部屋に戻った。 すると、どこから見つけ出したのか、中学の卒業アルバムを引っ張り出していた。


「ちょっとお前ら何してんだ」

「いや、そこに卒業アルバムって見えたからよ」

「勝手に出すなよ。 ったく」


 女子四人組にジュースを出したあと、アルバムにかじりつく中山と美咲、それに佐々木にも渡した。


「ほれ、ツアーの調べるんだろ? 」


 親父のお下がりとはいえ、デスクトップとノート型の二台あるから調べものも捗る。 日帰りツアーの予約も、雨だった時の予備案もあっという間に決まってしまった。


 こんなにもあっさり終わるのは予定外だった。 もはやただ喋ってぐだぐだしているだけの時間になってしまった。 もう美咲以外みんな帰ればいいのに。


 そんな自分勝手な思いを飲み込んでいたら、当の美咲が立ち上がった。


「だい……、菊野くん、お手洗い借りるね」

「お、おう」


 俺を名前を呼びそうになったことに焦ったのか、美咲は慌てて部屋を出ていった。 パソコンとにらめっこしていた女子たちも一旦顔をあげたが、すぐに目線を画面に戻す。

 中山と佐々木はどこかのバンドの動画を見ていて、見上げることすらしない。


 ジュースも紙皿に出したおやつも残り少なくなっているが、まだ帰る気配も見えない。 なんでウチを溜まり場にしてんだこいつら。


 しゃーない、補充してくるか。

 そう思った時だった。 一瞬、外が明るくなった。



 ダダーン!!



「うおっ」

「ひゃっ!?」

「きゃあ」



 バスドラムをフォルテシモで打ち鳴らしたような音が響いた。 どうやら近くに雷が落ちたらしい。



 ――美咲!



 慌てて部屋から出ると、廊下にしゃがみ込んでいる美咲を見つけた。 近くに寄ると、美咲は涙目で見上げてきた。


 これは、吊り橋の時と同じだな。


「大地……びっくりしたよぅ」

「突然だったからな。 大丈夫か? 」

「うん。 出てきたあとで良かった」

「ちびりそうだったのか? 」


 アッハッハ、と笑いながら、美咲の頭に手のひらをポンと乗せた。


「先に部屋戻ってな。 なんかおやつになりそうなもん追加で持ってく」

「うん、わかった。 もうちょっとしたら戻るね」


 ジュースの買い置きあったっけな、なんて思いながら階下に降りると、ちょうどオカンが帰ってきた。

 杏果の受験に備え、家事負担軽減やらリラックスやらということで、つい昨日福岡から帰ってきたんだった。 いないことに慣れきってすっかり忘れていた。


「酷い目にあったわ。 あら、大地帰ってたの。 すごいわよ、外、雨」

「おかえり。 雷鳴ってたもんな」

「バケツひっくり返したみたいな雨、ってだれか来てるの? ずいぶん多いわね」

「おう、修学旅行の準備でな。 そうだ、ジュースかなんかある? 」

「ジンジャーエールなら」

「もらっていい? 」

「いいわよ。 はい。 お友達に? 」

「おう。 んじゃ戻るわ」


 階段を登る後ろから何か言われた気がしたが、よく聞き取れなかった。 ま、たいした用事じゃなかろう。




 部屋に戻ると、美咲が女子四人組と一緒になって輪を作っている。 どうしたのかと思ったら、美咲を含めた五人が一斉にこちらを向いた。


「菊野って春山さんと付き合ってるの? 」


 ――えっ!? なんでそんな話になってるの?

 宮嶋からの質問に答えられずに美咲を見ると、美咲は困り果てた顔をしていた。


「いやいや、なんでそんな話になってんだ。 一年の時に隣の席だったからよく話すだけだ」

「春山さんと同じこと言うのね。 なんで隠すの? 」

「いや……隠すもなにも……」

「さっき、春山さんが部屋を出て行く時、トイレの場所も聞かずに迷いもなく出て行った。 春山さんはここに来たことあるわけでしょ? 」

「いや、そんなの、別に、一人で来たわけじゃなくても……」

「それに、菊野はさっきの雷のあと一目散に出て行った。 春山さんが雷が苦手なのを知ってたわけでしょ? 」

「別に外に出たのはそう言うわけじゃなくて」

「ここで女子が悲鳴をあげてるのを見向きもせずに出て行ったのに?」

「……ぅ、えっと……」


 ……。

 なにも反論が浮かばない。

 沈黙がしばし続いたその時、ドアがコンコンとなった。


「大地? お友達にこれ」


 ドアを開けながら顔を覗かせたオカンは、普段の生活で見たこともないお盆にシューアイスを山盛りに載せていた。

 そして、トドメの一言を放った。


「あら、美咲ちゃんも来てたの? んじゃ、これみんなで食べてねー」


 ――万事休すか。


 オカンからお盆を受け取った俺の顔は、さぞかし引きつっていたことだろう。


 さて、何を言われることやらと思いながら、ドアを閉めた。




「何か事情があるんでしょ。 別に言いふらしたりしないわよ。 でも、同じグループになったのも何かの縁なんだから話してよ」


 そう話した宮嶋の言葉を受け、美咲は困り果てた表情でこちらを見ていた。

 相手の性格もわからないことだし、話すのは不安だろう。 それなら、俺の側に事情があることにした方が都合がいい。


「わかったよ。 でもここにいる人たちだけの話にしてくれよ。 実は、俺と美咲は2年になる時から付き合ってる」

「やっぱり……」

「だけど、部活の顧問の先生が、全国を目指すなら恋愛にかまけてる場合じゃない、って感じでな」


 ごめん、先生。 部内恋愛禁止をだいぶ曲解しました。


「仮にも部長がそんなんでいいの? 」

「仕方ない、だろ。 そんな簡単に折り合いつけられねえよ。 」


 俺のその言葉に、宮嶋はぐっと息を呑んで目を逸らした。


 ――勝った!


「そういうわけだ。 頼むよ」

「……わかったわよ。 だからって私たちの前でイチャイチャするのはやめてよね」

「んなことしてねえだろ」


 しばしの沈黙のあと、宮嶋は女子の輪でまた喋り始めた。


 でも、美咲は――まだ複雑な表情をしていた。

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