after story 第6話 修学旅行(前編)
「それじゃ行ってきます」
「はーい、いってらっしゃい」
「いってらー」
オカンと杏果に見送られて家を出た。 3泊4日もの時間を杏果一人で過ごさせるのは不安だったから、オカンが帰ってきてくれて助かった。
こないだはオカンのせいで美咲とのことが決定的にバレて困るハメになったけどな。
集合場所になっている羽田空港までは各自で行かなければならない。 とはいえ電車を何回も乗り換える必要はなく、駅から出ている直通バスに乗るだけだ。
駅に着いてバス乗り場を見回していると、ポンと背中が叩かれ、聞き慣れた柔らかで心地よい声が聞こえた。
「おはよ、大地」
「おう」
最近は、宮嶋からのありがたーいご忠告により、朝の登校も時間を少しずらしてるから、駅でこうやって挨拶することは少なくなった。
羽田空港行きのバス乗り場に二人並んで向かうと、いかにもな高級車が止まっている。 普段なら路上駐車のクルマなんて気に留めないのだが、その存在感に思わず目を奪われてしまった。
ちょうどその時、車のドアが開いた。
「おはようございます、お二人さん」
「おはよ」
平然と挨拶する美咲に驚いたが、その姿を見て納得した。
「なんだ、北条だったのか。 すげえ車だな」
「空港までとはいきませんでしたが、父に送ってもらったのです。 ここからは直通バスに。 貴方達もそうでしよう? 」
「まぁな。 北条もバスを待ってたのか」
「ええまぁ。 お父さん、ありがとうございました」
北条は荷物を抱えて歩道に上がり、車の中にそう声をかけた。 威圧感たっぷりのその車は、ロータリーをぐるりと回って大通りへと走り去った。
入れ替わるようにロータリーに入ってきたバスに三人で乗り込んだ。 美咲と北条を二人席に押し込んで、すぐ後ろの席に陣取った。
二人は何かを話しているが、俺は眠いのだ。 目を閉じて視界を遮ると、高速道路に乗る前に意識を手放した。
「大地、大地ってば」
名前を呼ばれて目を開けるとそこには美咲の顔がある。 眼鏡をかけてるから、ノーマルモードか。 でも出かける約束なんかしてたっけか?
「お、美咲。 今日来る日だったっけ? 」
「なに寝ぼけてんのよっ! もう空港着いたよ! 」
空港? ああ、羽田空港! そうだ、修学旅行!!
高速バスの座席がウチのベッドのように居心地がいいもんだから、すっかり寝入ってしまった。
「もう着いたのか」
「渋滞してて遅れたんだよ。 だからギリギリ。 急いで、大地」
北条からのなんとも言えない目線を受けながら、バスを降りて集合場所へと向かった。
俺には理解できない芸術的なモニュメントの前には、すでに100人規模の集団があった。 この時、集合時間のわずか3分前。
あぶねえ。 ホントにギリギリだったんだな。
「アンタたち、ずいぶんとお偉い出勤ね」
「まぁまぁ、奈緒。 間に合ってるんだから、そんなに怒らないの」
宮嶋から敵意剥き出しのお小言を頂戴したものの、同じグループの瀧本のおかげで雰囲気が悪くなることは避けられた。
瀧本は、宮嶋グループの一味で、確かテニス部。 宮嶋がズケズケとした物言いで張り詰めた空気を、瀧本はいつもフォローするように和ませている。 瀧本がいなかったら、宮嶋は孤立していたんじゃないかと思うくらいだ。
俺は宮嶋たちと絡むようなことはまずなかったから、今回同じグループにならなかったら、瀧本とも話すことはほとんどなかっただろう。
グループ全員が揃ったことで、リーダーである中山は担任のところへと向かっていった。 一言言いたげな表情を見せるノッポと佐々木のところへ近づいた。
「ウッス」
「大地おせーぞ」
「しょうがねえだろ。 高速が渋滞してた、らしいし」
「らしいって何だ」
「バスん中、ほぼ寝てた」
「大地らしいわ」
「違えねえ」
グループが一緒になるまではほとんど話したことがなかった佐々木とも、互いに冗談を言い合えるようになっていた。
未だに関わりの薄いクラスメイトもいるが、きっといい奴も多いんだろう。 そう考えると、一年の時に積極的に輪を広げなかったのは少しもったいなかったかな。
団長と呼ばれて浮かれている副校長のありがたーーーいお言葉のあと、ようやく飛行機に乗り込んだ。 修学旅行のご一行様は飛行機の最後部に座席が用意され、四人席にグループの男子ですっぽり収まった。
「大地、あのこと話しちゃってホントに良かったのか? 」
「あのこと? 」
「付き合ってるって話」
「ああ、それか。 あそこまで言われたら言い逃れできねーだろ」
「えっ、ダイチ話したの? 」
右に座る中山の話を聞いていたノッポが反応した。
「こないだウチにみんなが来た時にな。 宮嶋がカンもいいし、怖いんだよ」
「お前って奴は、相変わらず女子苦手なのな……。 でも知られたくなかったんじゃないのか? 」
「そりゃそうだ。 ノッポには前から頼んでた通りだよ。 だから知ってるのは今回のグループの人だけ」
「なるほど」
ノッポには、『部外でも恋愛禁止』ってことになっている、と口裏は合わせていなかったが、なんとかなりそうだ。
「しかし、部長ってのも大変だな。 大地見てて俺やるの迷ってるぞ」
「中山が部長だったら、部活の代表者会議で色々結託できるぞ。 お前も苦労しろよ」
「ひでえな。 でも、音楽仲間だし合同イベントとか考えたらおもしろそうだな」
「いいな、それ。 三年になったらすぐ企画するか」
「よし、決心ついた。 部長の話、オッケーすることにするわ」
「……このグループ、すげえメンツになるな。 佐々木も陸上のエースだろ? 俺だけ何もないな」
「ノッポは学年トップの身長だからいいだろ」
ゲラゲラ笑っていると、前の席に座った宮嶋から睨みつけられた。
……おお、恐っ。 なんでこんなに敵視されてんだろ。
睨みを利かされたこともあって喋ることもできず、仕方がないので寝ることにした。 睡眠は大事。
目を閉じていたものの、飛行機の中はうるさすぎて全然寝付けやしない。
そう思っていたのに、気付いたら着陸後の逆噴射の勢いで頭を前の座席にぶつけそうになっていた。 もしぶつかっていたら、また宮嶋に睨み付けられるところだった。 危ない危ない。
一般客からかなり遅れて飛行機を降りると、沖縄の太陽が迎えてくれた。 東京のどんよりとした曇り空から比べたら大違いだ。
そんな中、バスは太平洋戦争の爪痕がいまだ残されるひめゆりの塔と平和資料館へ俺たちを連れてきた。 正直面倒くさいと思っていたけど、その当時の凄惨さを知るとみんな黙りこくってしまった。 俺も言葉が出ない、というのが正直なところで、いかに自分たちが恵まれた環境にいるのかを思い知った。
そんなわけでみんな神妙な顔をしていたのだが、バスに揺られて宿泊先のホテルに到着するや否や、どんよりとした空気が吹き飛んだ。 普段とは全く異なる環境での食事やお風呂、それに部屋でのバカ騒ぎが待っている。
「宮嶋怖いんだけど……」
「ああ、あれな。 お前なんかやったの? 」
「まさか。 同じグループになるまで、まともに喋ったことないぞ」
グループの男たちで風呂に入ったとき、同じグループの女子たちの話題になった。
「俺だってそんなにはないんだけどさ、ちょっとこう、グイグイくる感じが苦手かな」
「中山でもそうなのか」
「まぁな。 ってか大地さ、その『中山』ってのやめない? 他の奴らみたいにタケって呼べよ」
「それもそうだな。 そういや、『タケ』っていや、なんで矢口はタケって呼ぶんだ? 」
「ああ、そう来る……。 アイツとは中学が一緒でな……それで、あのー、元カノなんだよ」
「はぁ!? マジか? 」
「大マジ。 高校入ってすぐに愛想尽かされたみたいでフラれたけどな」
「知らんかった……」
部屋に戻っても話題は続き、タケが告白したときの勝率が凄まじく、どれだけモテるのかをひたすら思い知ることになった。 それは、長続きしないことの裏返しでもあるわけだが。
多少の下ネタが絡んだ話がひと段落したとき、最近リリースされたスマホのゲームの話題に移行したのがマズかった。 四人の協力対戦ゲームにハマり込んだ俺たちは、外が明るくなり始めたのに気がついて慌てて眠りについた。
『何してたの? 』
『夜中じゅう四人でゲームやってた。 気がついたら5時でさ』
『もう、何やってんの』
『さすがにやり過ぎた』
美咲からの電話で起きた俺は、他の三人を起こしつつ朝食会場に遅れて行ったもんだから、慌ててかきこむことになってしまった。 その後、着替えながら美咲としていたメッセで弁解を繰り広げていた。
食休みも程々にバスの集合場所へ向かうと、般若のような顔をした宮嶋が、腕を組んで仁王立ちしていた。
「ねみい」
「同じく」
「それより、あれ」
「ウゲっ、宮嶋……」
「ひっ!? 」
「ーーー。 四人して、バカじゃないの? 」
「まぁまぁ、修学旅行なんだし。 でも、みんな次の日まで持ち越しちゃダメだよ? 」
宮嶋の辛辣な言葉に全く反論の余地はあなく、瀧本のフォローも流石に分が悪い。 遅刻寸前で滑り込んだ俺たちへの視線は、冷ややかなものから茶化すようなものまで様々で、居心地の悪さを感じながら、割り当てられた席に腰を下ろした。
実はその直後から記憶が途切れている。 気がついた時には、目的地である美ら海水族館の駐車場だった。
「アンタよく寝てたねー」
「少しは眠気飛んだ? 」
バスから集合場所に移動する間に、矢口と美咲が話しかけてきた。 朝会えなかったから今知ったのだが、今日の美咲は髪を全て下ろしていて前髪をピンで止めていた。
おでこを出している美咲は新鮮で、また一つ新しい美咲を発見した。
「アンタ、なにニヤニヤしてんの? 」
「うるせーよ」
「ホント美咲にぞっこんよね。 せいぜいみんなにバレないように気をつけなよ」
「うっせー」
美咲はなにも言わずに俺の二の腕をペシっと叩いて、先に歩き始めてしまった。
うーむ、可愛い。
水族館のエントランスを潜ると、またしても眠気を誘うような薄暗さ。 水族館も生態調査という名目でのグループ行動なのだが、レポートはほとんど書き終えている。 そうなれば、あとはただの観光だ。
水族館となるとアイドルの美咲と行った時のことを思い出して眠気なんて吹っ飛ぶ。 横顔をガン見してるのバレたのは相当恥ずかしい思い出だ。
ジンベイザメの泳ぐ巨大水槽の前に来た時、そんな俺の考えを見透かしたかのように、美咲が隣に立っていた。
「久しぶりだね、水族館」
視線を水槽に向けたまま美咲はそう口にした。
「そうだな。 あの時は、メガネしてなかったけどな」
「当時のあたしは、大地を振り向かせるのに一生懸命だったなー」
そうだったのか。 俺はアイドルとデートしていることに、ただ浮かれてただけだったな。
あれから、美咲とは何故か名前で呼びあうことになって、いつの間にか目が離せなくなっていた。
美咲を見ると、暗闇の中で水槽からの淡い青に照らされた横顔があった。 あの時と同じように吸い込まれそうになっていると、背中に衝撃を受けた。
「いてっ!? 」
「ほら、ボーっとしてないで行くわよっ! 」
痛みと声に振り向くと背中を叩いたであろう宮嶋の後ろ姿があった。 宮嶋の背中を追っていた瀧本はこちらを少しだけ見て、ごめんと言わんばかりに軽く頭を下げて歩いていった。
横では美咲がどこか焦点が合わない状態のまま、水槽を見続けていた。
「……美咲? 」
「あ、大地……大丈夫? 」
「おう、全然問題なし。 俺たちも行くか」
「……うん」
邪魔されたのが不満だったのか、美咲の声はくぐもって聞こえた。
『順路』の矢印の先には、太陽の光が直接入る明るさいっぱいのレストランがある。 その一角には学生服の集団がいて、これから提供されるランチを待ちわびているようだ。
グループのみんなでテーブルを囲む。 これでも数日の準備期間に話すことも増えたから、友達の輪が広がったと言えるんだろうか。
ランチは少し物足りないくらいの量だったが、食べ終えるとまた強烈な眠気がやってきた。 順路を進まないと終わらないから、なんとか歩いて出口まで来たけど、この暗さは非常にキツい。
結局、お土産選びもそこそこにバスに乗り込んで休むことにした。 他の三人も例外なく。
帰りのバスでずいぶんとゆっくり寝たおかげで、夕飯はバッチリ頭が冴えていた。おかげで先生たちの隠し芸にたっぷり爆笑することができた。
レクレーションのあとは風呂。 昨日のようにはならないように、こいつらは放っておいてでも寝よう。 風呂から一緒に出てきて、目の前を歩いている三人を見て誓った。
そんな部屋への帰り道、ホテルの売店前に現れたのは瀧本だった。
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