after story 第4話 夏休み

「おいおい、大地ってこんな頭いいのか? 」

「だいたい100番以内にはいるかな」

「いやいや、そんなレベルじゃないだろ」


 期末テストが終わって返ってきた結果は割と上々だった。 なんせ、俺の苦手な文系科目の家庭教師を独り占めしてるんだから、これで成績が上がらなかったら詐欺みたいなもんだ。

 逆に数学やら理科やらの理系教科は俺が教えていて、図らずも復習することになり、これまた点数が取れていた。


 その結果が目の前に掲示されている。 美咲は8位、俺は9位だ。 付き合っているメリットなどというつもりはないが、成績が落ちるどころか上がるというのは喜ばしい。


 最近のテスト競争は『負けた方が次のデートプランを考える』程度の軽いやつだから、たとえ負けても困ることはない。 なんだかんだ一緒に考えてるしな。


 掲示板を見に来るときについてきた中山は隣で驚いていたが、一桁は正直言って嬉しかった。

 しみじみと順位表を眺めていると、いつの間にか隣に美咲が立っていた。 少し見下ろすようになった視線が交わると、美咲はニコっと笑みを見せた。 つられて笑うと、反対側から「こりゃ敵わんわ」との呟きが聞こえた。




 期末テストの結果発表が終わればあとは夏休みを待つのみ。 本当は美咲とデート三昧といきたいところだけど、俺にはまたコンクールの季節がやってくる。 支部予選があって、うまくいけば県大会。 それに続くのは関東大会に、最終目的地の全国大会。夏休みが始まれば、同時に夏合宿が始まる。


 もっとも俺が暇だったとしても、長期休暇の間は美咲も全国を飛びまわってライブをするらしいから、落ち着いて二人の時間を過ごすのは難しそうだ。


 そういうわけで、明日から美咲は札幌、俺は合宿になってしまうからと、今日は夕飯がてらウチに来てもらったのだ。

 なにより、テスト期間中だったこともあって渡せなかった誕生日プレゼントを渡したかった。 それがウチにあったものだから、テスト勉強をしていたときのように美咲の家に行ったのでは困る。


「やっぱり学校がある日の方が会えるよな」

「うん、でも学校だとこうやってくっつけないからなぁ」


 美咲は隣に腰を下ろして頭を俺の肩に乗せた。


「大地、背伸びたよね」

「そうだな、去年から8cm伸びてた」

「すごい! そんなに伸びてたんだ。 前は同じくらいだったのに、最近少し見上げるようになったなって」

「そうか、あんまり気にしてなかった。 ちょっと立ってみ? 」


 美咲を先に立たせて、追うように立ち上がった。 美咲は少し上目遣いでこちらを見ていて、身長の差がいくらか生まれたことが感じられた。


 車に轢かれそうになったあの時はこんなに上目遣いじゃなかったもんな、なんて思っていたら、ふいに美咲が目を閉じた。


 長い睫毛に淡い光を放っているように見える肌。 ほんのりと光沢のある唇。 こんなに可愛い子が俺の目の前で無防備に目を閉じているなんて。


 ぽーっと見惚れていたら、美咲の目が開いた。 数回パチクリとまばたきした後、その目に怒気がこもった。


 ――あ、やべ。


「なんでしてくんないの? 」

「ちょっと落ち着け、な? 別に悪気があったわけじゃないんだよ」

「じゃ何があったの」

「うー……えっとその、見惚れちゃって」

「なんか誤魔化そうとしてない? 」

「違うって、ホントなんだって」

「ぶー。 いまはそういうことにしといてあげる。 んっ」


 ホントなんだけどな、と思うものの、放置してしまったことには変わりがないから弁解は諦めた。


 再び目を閉じた美咲の唇に自分の唇を重ねた。 さっきのお詫びも兼ねて、息が続く限り口付けていようと思っていたが、美咲の方が先に限界を迎えたようだ。 名残惜しさを感じながらも顔を遠ざけると、そこでは美咲が頬をほんのりと赤く染めていた。


「充電っ! 」


 そう一言放って、身体が美咲によって締め付けられた。 それに応えるように俺もそっと背中に手を回した。


 俺の背は確かに伸びたかもしれない。 でも、美咲も成長していたようだ。 特に、体の密着を妨げるかのように主張している柔らかいものたちが。 唇といい、胸といい、なんでこんなに柔らかいんだろうな。


 これから一週間ほどは逢えなくなるんだから、俺も充電しよう。 腕の中に美咲をすっぽりと包み込んだ体勢は、塾に行っていた杏果が帰ってきた音が聞こえるまで続いた。







「そんで、もうヤったのか? 」

「なっ……!? んんんなわけないだろ。 まだ高校生だぞ」

「でも触ったりくらいはあんだろ? 」

「ねぇよ! 」


 合宿といえば山奥にある宿舎なわけで、メシと風呂が終わればすることなんて何もない。 そうなれば下ネタ満載のアホな話に花が咲くのは自明ってもんだ。 それがただ、自分のことでなければ良かったのだが。


 そりゃ俺だって興味がないわけじゃない。 あの密着した時に主張していた美咲の胸の感触やくらくらするような甘い香りは、思い出しただけでも胸が高鳴る。


「おい大地どうした。 お前やっぱり……」

「ちげえって! 」

「わかったわかった。 奥手の大地がそんなにスムーズに卒業できるとは思ってねぇよ」

「それはそれでムカつくんだが」

「そんなことよりさ、今月のバンファ見た? 」

「見た見た! 4Seasonzだろ? 」


 そんなことより、という言葉に引っかかったものの、話がそれるならそれでいい。

 バンファといえば、こないだ美咲が取材があったと話していた。 でも中身は「秘密♪」とか言って教えてもらえなかったんだ。 発売されてたのか。


 バンファは、いわゆる吹奏楽界隈の記事が載っている雑誌で、正式には『バンドファン』という。 コンクールの出場校評価なんかも載っているから、中高生の吹奏楽部員御用達の雑誌だ。


「これにさ、アキの作曲メソッドとか書いてあって結構面白いんだよ」

「なに、お前ナツから乗り換え? 」

「彼女にするならナツで、結婚するならハルだな」

「アキ出てこねーじゃねーか」


 本気で言ってるわけじゃなかろうが、ハルと結婚とか言われてムッとなってしまった。

 彼女だの嫁だの言ってるアホどもを尻目に、記事を読み始めた。 そこには、4人のお気に入りの楽器のことが書かれていて――。


『あたしは、バスクラ好きなんです。 ちょっとマイナーですけど、あの中高音の妖艶な響きと唸るような低音の両方を操れるなんて不思議。 もっとみんながバスクラの魅力に気づいてくれたらいいのに、って思います』


 どんだけピンポイントだよ。 なんて思いつつも、口元が勝手に緩んでしまった。だいたい、知ってる人が見たらバレバレじゃねーか。


「大地読んだか? ハルちゃん、バスクラのことベタ褒めだったろ? 文化祭の時も絡んでたもんな」

「そうだよ。 めっちゃ羨ましいわ。 大地、お前案外行けるんじゃねーの? 」

「大地がバスクラ吹きってだけで、無理に決まってんだろ。 」

「ぶはは。 ちげえねえ」


 こいつら好き勝手なことを言いやがる。 そこに載ってる4人の中で一番可愛い子が俺の彼女だっつーの。 なんてことは口が裂けても言えないから、不貞腐れたフリをしてまた記事を読み進めていた。


 うちの高校も関東大会候補には上がっているが、事前の評価はB。 いわゆるライバルになる学校にはA評価が何校もあるから、ここを上回る演奏をしなきゃ全国はない。 それぞれの高校紹介に得意な曲や選曲の傾向なども論じてあり、同じ中学から分かれていった同級生たちが通う高校についても書いてある。


「おい、大地! おいって」

「あ? 」

「あ? じゃねーよ。 投票してんだよ。 4Seasonzで誰が好きか」

「美咲……岬千春だよ」

「ほらな? 大地はハル推しだって言ったろ?」

「やっぱハルちゃんが一番人気か」


 危ねぇ。 一般的には『千春』だった。 つい口から美咲だって出てしまった。 幸い誰にも不思議には思われずに安心していたのだが、咎めるようになったのはスマホだった。


 それはまさに話題に上っていた美咲本人だった。 そこには写真が添付されていて、『千春』姿の美咲と夏芽の笑顔が画面いっぱいに広がった。 美咲の胸元には、誕生日プレゼントに送ったネックレスが光っている。


 おお、やっぱりアイドルモードの美咲も可愛いな、なんて思っていたが、隣にいたトヨトミが画面を覗き込んできた。


「あれ、ハルナツペアじゃん。 こんな写真あったっけ? 」

「ちょ、お前見るなよ」

「いいじゃねーか、別に。 どこの写真だ? 」


 美咲からの写真に『千春』がいることがバレたらヤバい。 焦っている間に「どれどれ」と言いながらスマホを覗きにきた男達。 慌ててスマホをスリープにして追い払った。


「ああ、これか? 」


 最初に画像を見たトヨトミは、4Seasonzのグループ公式ブログに似た画像があるのを突き止めたようだ。


 検索してみるとつい数分前に『札幌のみんなへ』と書かれた投稿の中に、美咲から送られてきた写真とよく似た画像があった。


 よく見比べると微妙に違う。 ブログの方の写真はアップになっているが、美咲から送られてきたのは少し構図が違うようだ。


 美咲に送ってもらった画像と見比べると、美咲のスマホやネックレスが写った部分が切り取られているみたいだ。 なるほど、意図せず映ったものを元に色々調べようとする輩がいるから注意が必要なんだろう。 こういうことがあると美咲がアイドルなんだと実感する。 普段は一緒に勉強して、隣で数学の応用問題に悪戦苦闘しているというのに。


 そんな中、急にみんながざわめいた。 何事かと思ってそちらを向くと、シャーの持ったスマホの画面にみんなが釘付けになっていた。 何事かと思って近寄ってみると、夏芽が胸を強調するようなポーズをとった写真が映されていた。


「やっぱおっぱいデカいなー、ナツ」

「ハルちゃんも水着解禁してくれねーかなー」

「ダメだ! お前らに見せる水着姿はない! 」

「おいおい、大地、なに怒ってんだよ。 お前も見たいだろ? 」


 見たい! けど、他の奴らには見せたくない。 こんな猿たちに絶対見せちゃダメだ。 これがアイドルと付き合っていることの苦しさか。


「大地は彼女ができたんだろ? お前は彼女の水着姿で我慢して、ハルちゃんのはみんなで楽しもう」




 ――だから、その子が美咲で千春で、俺の彼女なんだよーっ!!



 合宿の間じゅう、明かせない思いを抑えるのに必死だった。

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