after story 第3話 揺るがぬ決意

 中山の公開告白のあと、教室はシンと静まり返った。 静寂に耐えかねて声を上げようとしたのは俺だけじゃなかったらしい。


「おま――」

「ちょっとタケ――」


 パンッ!


 俺の声を上書きするように矢口の声と先生が手を打ち鳴らした音が重なった。 先生の方へ視線を移すと、苦虫を噛み潰したようなという表現がよく似合う顔をしていた。


「そこまで。 中山の言いたいことはわかった。 が、あとでやれ。 こんだけ騒いだらあとで学年主任にどやされちまう。 はい、解散」


 自分が前に出したくせに追い払うような仕草を見せた先生。 仕方なしに口から出た言葉を飲み込んで席に戻った。


 教室の一番遠い窓側の席には美咲と、その隣の席には中山がいる。 何かを話している様子はない。



 ――あの野郎。



 今まではいけ好かないところがないとは言わないまでも害があるわけではなかった。 だが、美咲に近寄るというのなら話は別だ。


 あいつは敵だ。


 あれ、そういえば先生の姿が見えない。 いつの間にホームルーム終わったんだ。美咲と中山に気を取られて全く聞いていなかった。


 そして、俺の困惑を増大させるかのように、中山はさっきの告白の続きを始めた。


「春山さん、返事聞かせてもらえる? 」




 テレビだったら『ちょっと待った! 』とかやる場面なんだろうが、そんなことをすれば俺が恋人だと公言してるようなものだ。 むしろ口を出しそうになったさっきは先生に救われたのか。


 美咲は一旦目を閉じて、それからゆっくりと立ち上がった。 中山もつられて椅子から立ち上がる。

 教室の雰囲気はまさに立ち上がった二人だけのもので、それを中山が作っていることに苛立ちが募る。


「中山くん、告白してくれてありがとう」


 ゆっくりと出てきた美咲の声に、強い違和感を抱いた。 その声は妙に大人びていて、いつものくすぐったくなるような甘く柔らかな声とは違う。


 この違和感の正体はなんなのかわからなくて、美咲に注目していたけど、遠すぎてわずかな表情の変化までは見えない。


「でもあたしみたいな鈍臭いの捕まえて『好き』だとか言うと本気にしちゃうから、冗談でもやめた方がいいよ」

「なっ!? 俺は冗談とかじゃーーー」

「あたしね、一年生の頃からずっと片想いしてる人がいるの」


 片想い……? そうか、ここでそう言っておけば、付き合ってることを公にすることなく、気がないことを伝えられるわけか。


「だから、ごめんなさい」

「……。 それって――」

「中山くん、これ以上恥をかかせるのはやめて。 あたしは中山くんみたいに強くないの」


 最後の方は言葉が詰まっていた。 泣いてる?


 いや、違う。 これは、演技?

 ドラマの1シーンのようなこの光景、演技だとすれば最初の声の違和感も納得がいく。


「ちょ……春山さん……? 」

「ごめん、もういい? 」



 俺は吹き出しそうになった。 最後の冷たい言葉に。


 美咲! 最後演技できてない!

 完全に素で突き放して帰ろうとしてるじゃん!



「ん、おう」


 中山は面食らったように返事をして、そのまま椅子に倒れこむように座った。


 中山と仲のいい男たちは奴のところへ集まったり、ある女子は泣いていてほかの女子に慰められたりしている。


 中山が美咲へ告白したことが引き起こした潮流に流されるのが癪で、モヤモヤを吹き飛ばしたくて部活に行くことにした。 同じようなことを考えた男子たちは多かったようで、教室の後ろの扉に向かってくる。


 集団の先陣を切って扉を開けると、美咲がちょうど歩いてきたところだった。


 すぐ後ろにはクラスの男子がいるから、このタイミングで話しかけるのは憚られる。 あんなことがあって、その渦中にいる恋人が目の前にいるのに話しかけられないなんて、なんともどかしいことか。


 そのまま別棟への渡り廊下に向かう。 何も話せないままだけど、俺はちゃんとわかってるよ、ということだけでも伝えておきたい。


 手を少しだけ横に伸ばして、ちょんと美咲の手をつついた。 美咲はハッと顔を上げてこちらを見た。 でも俺は美咲の方を見ずに、そのまま正面を向いたまま軽く頷いた。


 うまく、伝わっただろうか。





『さっきのはホントに泣いてたわけじゃないから、心配しないでね。 大地にはバレてた、かな? あとで電話する! 』


 部活が終わってスマホを見ると、俺の予想を裏付ける言葉が画面に映っていた。


 地元の駅に着いたあと、家までの帰り道に美咲へ電話をかけた。 一回コールしたところですぐに美咲の柔らかな声が聞こえた。


「ほんで、どういうこっちゃ」

「見たままだよ。 こんなことになるなら大地と付き合ってること見せつけておけばよかったかな」

「俺としてはどっちでもいいんだけど、美咲に告白するような奴が増えるのは困るな」


 恋人同士としてうまくいっていることをみんなから認知されていれば、美咲に言い寄ってくる奴はそうそういないだろう。 だがそれをすると、美咲がアイドルであることを知っている一部の先生にどう伝わるかわからない。 それがどのように広まってしまうかも。


「えへへ。 ありがと」

「いやいや、喜んでる場合か。 実際のところなんで中山が美咲に……」


 そこが一番の疑問だった。 美咲は可愛いが目立つ方ではない。 学年一といってもいいくらいモテる中山が目をつけたのは何故なんだ。 アイドルであることを知ってれば別だが。


「隣の席の男を惚れさせる魔法でもあんのか? 」

「そんなわけないじゃない。 そんなことであたしが大地を好きになるとでも? 」

「いや、そうは言わないけどさ。 でもなんで中山が……」

「大地と付き合う前に、駅前でナツと一緒にいるところを見られたことがあってさ」

「えっ、夏芽ちゃんと? 」

「ふーん、大地はナツのこと『夏芽ちゃん』って言うんだ? 」


 美咲の声が半音ほど下がった。 ヤベ、これはマズったか!?


「おいおい、そこかよ。 だってテレビでよく『夏芽ちゃん』って呼ばれてるからさ」


 今までよりも活躍の場を広げた4Seasonzは、ニ週間に一度くらいはテレビで見かけるようになった。 芸能界でも可愛がられているらしく、メンバーはちゃん付けで呼ばれる機会が多い。


「あたしだってテレビでてるもん」

「そりゃ俺にとっては『千春ちゃん』じゃなくて、美咲だからな。 アイドルをやってても美咲は美咲だよ。 だからヤキモチやかなくていいんだよ」

「うー」


 たった一言唸っただけだったが、そこに抗議の色合いは感じられなかった。 本心を話しただけだったが、ご機嫌は持ち直したらしい。


「わかったわかった。 それで、駅前で中山に見られたって? 」

「うん、あたしは学校の格好だったんだけど、ナツは変装とかしてなかったから……」

「少なくとも知り合いであることはバレちゃったわけか」

「そうなの。 だから、今回の告白もそっちに意図があるんじゃないかと思ったりして」


 中山が美咲と夏芽の関係を知っているという前提で、あの告白を思い出してみると……確かに可能性としてはあり得る。 美咲を踏み台に夏芽に近づくということか。


 でも、美咲が断る話をしているときの中山は、美咲を通して夏芽を見ているような反応ではないような気がした。 こればっかりは感覚的なところで根拠なんて何もない。 そうなると、中山は本気度合いは別として本当に美咲のことを好きだということか。


 イケメンでスポーツもできて、クラスでも人気者。 さらには女子生徒たちの憧れの的とくれば、もう俺なんか比較するのもおこがましいくらいのスペックだ。


 だからと言って、美咲を好きな気持ちは負けない。 取られたくない。 そのためには美咲を大切にすることはもちろんだが、沈静化するかわからない状況をただじっと静観しているわけにはいかない。


「無くはない話だけど、少なくとも俺は別の意図があるとは思えなかった。 だから、俺としては今警戒心MAXだわ。 でも、俺は負けない。 美咲を好きだし守りたいって気持ちは誰にも負けない。 だから……」

「だから? 」

「美咲と俺の間に隙を作りたくない。 付き合っていることを話しちゃダメか? 」

「話さないでなんとかする方法はない? 」


 伝えるのはリスクがあるかもしれない。でも美咲が困るようなことをしなくていいんじゃないかという気もする。 楽観的だけど。

 それに、美咲が困ることになったら自分がどうなろうとも守り抜く、そういう覚悟を持っているつもりだ。


「あるかもしれないけど、今のところ思いつかない。 中山が美咲にアプローチをかけ続けて、それが周知の事実になるのが嫌だ」

「わかった。 一個だけ聞いていい? 」

「なんだ? 」

「あたしがアイドルやめても好き? 」

「当たり前だ。 アイドルだから好きになったわけじゃねーぞ」

「……うん。 ありがと」


 なんで辞めることを口にしたのかはわからなかったけど、俺は美咲がアイドルだから好きになったのではないことは本音だ。

 美咲からは、明日の昼休みに自分で伝える、と言われ、納得して電話を切った。


 玄関から中に入るなり、おきょんから「玄関先で何分しゃべってんの」と笑われてしまった。





「菊野、ちょっとだけいいか? 」

 

 翌日の放課後、テスト期間前最後の部活に向かう前に中山から声をかけられた。 思い当たることは、まぁあるわな。


「悪かったな。 その、知らなかったとはいえ」


 まさか、謝られるとは思っていなかった。 最悪、宣戦布告されるかと思ってたし。


「別に公にしてなかったんだから中山が悪いわけじゃないだろ」

「まぁそうかもしれんが、結果論ってやつだ。 それに準決勝のことも謝りたかったんだよ」

「それだって中山が悪いわけじゃなかろうに」

「いや、負傷退場させといてフォローもできなかったし。 言い訳させてもらえるなら、まさか頭に当たったとは思わなかったんだよ。 あの後みんなに囲まれちまったし」

「確かに言い訳だな、なんてな。 俺は気にしてねえよ。 そのあと保健室でぐーすか寝られたしな」


 実際、野球もクラスマッチも大して興味はない。 それよりも気になるのは――。


「それより、なんで美咲なんだ。 中山ならいくらでも選び放題だろ」

「そんなの、女なら誰でもいい訳じゃないのはお前も同じだろ? 何だ、勝者の余裕か? 」

「そんなんじゃねえけど、ゲーム感覚で弄ぶようなことをしてたんだったらぶっ飛ばしてやろうかと思ってな。 ……でも、そうじゃないんだな」

「流石に冗談で告白するほど趣味悪くねえよ。 フラれるとは想像してなかったけどな。これでもショック受けてんだぞ」

「すまん」


 ここまで話したところで、夏芽のことや美咲の仕事について勘ぐるような素振りはなかった。 彼氏なら知ってるだろうと、けしかけてきてもおかしくはないのに。

 やっぱり中山は裏があるわけじゃなかったんだよな。 たまたま俺の方が先に美咲と仲良くなれたってだけで。


 いままでに差し向かって話したことはなかったけど、こうして喋っていると屈託ない笑顔をみせる好青年だ。 ちょっと口は粗雑だが、素直で愛嬌もある。 こりゃモテるのも頷ける。


「奪ってやろうなんて思っちゃいないけど、別れたら教えろよ」

「別れるかっつーの! 」


 

 カラカラと笑いながら去っていく背中を見て、苦いものを感じながらも、案外友達になれそうな気がした。

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