第8話 アイドルの手作り弁当
手の感触は、道が細くなって並んで歩けなくなるまで続いた。 手を繋いで歩いている間あまり言葉を交わさなかったのは、岬の方も多少は意識していたからかもしれない。 離したあともなんとなく会話がないままだったが、木々の合間から見えた多摩丘陵の景色を見たときには思わず互いを見合った。
「すごい景色! 」
「あんまり高くない山だから期待してなかったけど、これはいいな」
「もう上を見ても木が少ないし、もうすぐ山頂なのかな? 」
「そうみたいだな」
山頂に何軒かあるというお蕎麦屋さんののぼりも視界に入ってきた。 時間もあと30分もすればお昼になるところで、お蕎麦屋さんにも少し行列ができていた。 行列を横目に歩みを進めると、山頂を示す石碑が見えてきた。
「お、ついに山頂か」
「そうだねー。 なんかあっという間? 」
のんびり登って1時間ほど。 日頃の運動不足解消にはもってこいかもしれない。 誘ってくれた岬に心の中で感謝する。
そんな時、朝ごはんを軽めにしかもらえなかったお腹がぐぅ、と文句を言う。 天狗焼だけではご不満のようだ。 お腹の音はどうやら岬にも聞こえていたらしく、こっちを向いて笑いながら口を開いた。
「ふふふ。お昼ご飯にしよっか。 実はね、お弁当作って来たんだ」
待ち合わせのことを決める時には、お昼のことなんて何も言ってなかったから、どこかお店にでも入るもんだとばかり思っていた。 それがまさかお弁当作って来てくれてただなんて。 嬉しい誤算に思わず顔がほころぶ。
「ちゃんと味見した? 」
照れ隠しに思わず茶化してしまう。 まるで好きな子を前にした小学生のようで、言ったそばからつい苦笑いが漏れる。 その表情をバカにされてると捉えたのか、岬は口を尖らせて文句を言う。
「失礼しちゃうわ。 こう見えてもお料理は得意なんだからね」
「そういや、趣味・特技のところに料理、お菓子作りって書いてあったな」
「あ、プロフィール見たの? 大地はもうすっかりあたしのファンだね! 」
ファンというよりは一人の女性として惹かれつつあるのだが、それはまだ自覚すらできていない。
山頂からすこし降りたところに見晴らしのよい広場に向かって歩く岬についてゆき、先にベンチに座った岬の隣に腰を下ろした。ほどなくして岬はリュックからお弁当箱やおにぎりを取り出す。
「大地の好みとかあまり知らないから、適当に作ってきちゃったよ」
「好き嫌いほとんどないから大丈夫」
「お好みを聞いてた卵焼きだけは、ほんのり甘めにしてあるからね」
以前メッセで卵焼き談義になったとき、しょっぱいよりは甘い、それもほんとりとした甘さが好きだと言った記憶がある。そのことを覚えていてくれたのだろう。それがまた気恥ずかしくてついからかう口調になってしまう。
「では、さっそく毒味を・・・」
「そんなこと言う人にはあげませーん」
「冗談だってば。 ごめんごめん」
「本当に申し訳ないと思ってる? 」
「思ってる思ってる」
思ってないのだが、これ以上こんなやりとりを続けていても仕方がない。箸を受け取って、さっそく卵焼きを頬張る。
(ん・・・!! うまい! )
一口食べて、正直言って驚いた。ほんのりとした甘さの中に旨味があり、冷めているのにふっくらとしている。 これならば、何個でも食べられてしまう。
「どお? 」
恐る恐る聞いてくる岬に、口からは勝手に本音が滑り出ていた。
「うまい。 今までの人生で味わった中で一番うまい」
「やったぁ」
とびっきりの笑顔を見せられて、かじったばかりのおにぎりを喉に詰まらせるかと思った。
機嫌をよくした岬は、鳥の胸肉をナゲットにしたものやアスパラ巻き、レンコンの肉詰めなどを小分け用の皿に取り分けてよこした。 いずれもとても美味しく、特技が料理なのはプロフィール用キャラではなかったんだと感心する。 結局、出されたものを次々と食べてしまい、お腹がパンパンに膨れたのであった。
「俺ばっかり貰ってたけど、ちゃんと食べたのか? 」
「うん。 そんなにたくさん食べるわけじゃないけどね。 多すぎるくらい作ってきちゃったけど、あっさり食べきっちゃったね」
「まーな。 正直、そこいらの店で食べるより断然うまかった」
「えへへ、嬉しいなー。 すごい勢いで食べてくれて」
岬とはメッセは頻繁にやり取りしていたが、会って話すのはこれが2回目だ。 それなのにまったくぎこちなさがなく、以前からの友達のように話せる。
人との間に壁を作らないのが岬の魅力なんだろう。
「岬はなんで料理が得意なんだ? 」
「お母さんがフードコーディネーターなの。 共働きだからご飯作ることも多いし、せっかくだからお母さんの技を盗んでるんだ」
「なるほどねー。 確かにどれも美味かったもんなー」
そんなことを話しているうちにお腹もこなれてきたし、下山ルートを決めることにした。
「帰りは別ルートでもいいな」
「そうだね。 あんまりキツくなければ」
「この4号路ってのどうよ。 吊り橋があるみたい」
「つ、吊り橋・・・!? 」
別にいいけど、と岬の承諾も得たことで、下山は4号路を通ることにした。 岬はさっきまで上機嫌に話していたとは思えないほど緊張の面持ちになっている。
「そいじゃ行くか! 」
「うん」
心なしか元気がないような気がするが、下山だし仕方ないかと荷物をまとめ始めた。
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