第7話 はい、チーズ

 待ち合わせは麓まで伸びている路線の終着駅だった。 駅の改札を出れば、数百メートルで登山口にいけるようだ。 ケーブルカーもあるため、中腹まではなんの労力もなく行ける。


「おっはよ~♪ 」


 待ち合わせの改札に向かう階段の手前で、後ろから朝の挨拶が聞こえた。 後ろ姿でよくわかったな。 振り返った先には、髪を低い位置で丸っこくまとめてツバの大きい帽子をかぶった、見目麗しい少女が手を挙げていた。 薄めの色だがサングラスをしているせいか、岬だと気づく人はいない。


(変装してても美少女だってわかるな)


 その美少女が自分に笑顔を向けている事実に優越感を感じながらも返事をする。


「おう、久しぶり。 転ばなかったか? 」

「いきなりこども扱いっ!? 」


 むー、とつぶやきながらちょっと拗ねたように口を尖らせていたが、それもまた狙っているかのようにかわいらしい。 なんで俺なんかを誘ったのかはわからないが、これは役得だ。


「さっ、行こうよ♪ ――ほぇ?」


 気を取り直して意気込んだ岬は、軽快なメロディを鳴らして残額不足を知らせた改札機に、あっさりと行く手を阻まれたのであった。


(やっぱりおっちょこちょいじゃないか)





「なんで山登りなんだ? 」

「今度ロケで高尾山に来る予定があって、できれば下見がしたいなーって思ってたの 」

「そんなの友達と行けばいいだろ。 なんで俺なんだ 」

「だって頼めそうな男友達なんていないもの。 女友達だけだとナンパとか鬱陶しいし。 大地なら優しいし、男除けになるし♪ 」


 男避けという発想はなかった。 確かに男と一緒なら声をかけられることもないだろう。


 なるほどね、とうなずきつつケーブルカー乗り場に向かって歩き出す。 そばやまんじゅう、天狗の仮面などが店先に所狭しと並べられている。 リュックのお礼におきょんへも帰りになんか買おう。


 しかし、こうやって見ていると食べ物が目立つ。お散歩するテレビなんかだと、食べ歩いているイメージが強い。


「食レポとかするの? 」

「そうなの・・・。正直言って自信なくって」


 俺の知る快活な印象とはうってかわって、縮こまってしゅんとしている。 弱気な姿を見せられて、おこがましくも守ってあげたいと思ってしまう。


「それじゃ今日は下見がてら練習だな。 ほれ、さっそくこれでやろう」


 近くにあったお店で、天狗をモチーフにした今川焼きのようなお菓子を買って手渡す。天狗焼といって、中は黒豆のあんが詰まっている。


 岬はあわあわして何とか言葉を紡ごうと思案しているようだ。 チラッとこちらを見やってから、意を決したようにパクっと頬張る。


「ほれは、ははひふほはんははひっへ」

「食べながら喋るな! 」


 いきなりのボケに思わずツッコむ。 テレビ用のキャラはわからないが、ちょっと面白かった。


 もぐもぐとしばらく咀嚼し、口がすっかり空っぽになったあと、改めて岬は口を開いた。


「とっても熱いです」

「小学生の感想か」

「噛むとあんが甘いです」

「だろうな」

「ぅぅ」


 ボキャブラリーが貧弱すぎて哀れみさえ覚える。 どちらかというとおバカタレント的なポジションを目指した方がいいんじゃないだろうか。 どうやって教えたらいいんだろうか、なんて考えていると目の前に食べかけの天狗焼が差し出された。


「大地もどうぞ? 」


 少し上目遣いで催促されて、思わず一口頬張る。


「これって、小豆のあんこと違って、食感が結構しっかりしてるのな」

「それいただき! 」


 そう叫んで岬はスマホを取り出してメモでも取っているようだ。 俺はというと、岬の食べかけを食べた事実に改めて気づいて心臓の打つビートが速くなってしまった。岬の手元にある天狗焼をマジマジと見つめてしまう。


「――ねは? 」

「ん? あ? 何? 」

「お金は? って聞いてんのー」


 ぼーっとしていて、全く聞いてなかった。 悪い癖だな、これ。

 天狗焼のお金のことを言っているんだろう。 大した金額でもないし、美少女と山登りする役得なんだからちょっとカッコつけさせてほしい。


「おごりだよ。 ほら、登ろうぜ」

「いいの? ありがとっ」


 お礼の言葉とともに見せた笑顔は、サングラス越しにも関わらず破壊力抜群であった。




 もっとも人通りの多い一号路を進んでいくと、すこしひらけてお寺のようなところに出た。 厄除けや健康祈願に来ている人も多いらしく、一段と賑わっていた。 ここらへんがちょうど中腹のようで、一旦休憩することにした。


 岬は特別疲れた様子も見せず、お堂や天狗の像の写真を撮ったりしている。 仕事の下見とはいえ、彼女なりに楽しんでいるようだ。 あっちをうろうろ、こっちをうろうろしている岬は、表情がとても豊かで見ていて飽きない。 少し離れた場所から姿を目で追っていると、男の人から声をかけられているではないか。


 思わず駆け寄ると、手にはデジカメを持ってちょっと焦ったように首をかしげていた。 どうやらナンパとかではなく、写真を撮って欲しいカップルに捕まっただけだったみたいだ。


「大丈夫か? 」

「あ、大地いいところに。 はい、これ」


 そういってデジカメを手渡される。ああ、俺が撮れってことね。そう察して、受け取ったデジカメのレンズをカップルに向ける。


「はい、チーズ」


 ありがとうございます、というカップルにデジカメを手渡す。

 岬の方へ戻ろうとすると、カップルから思わぬ提案があった。


「お二人のも撮りましょうか? 」

「いいんですか? カメラ持ってきてないからあたしのスマホで」


(おい、アイドル)


 即答する岬に声にならないツッコみをしつつ、本人がいいならいいかとさっきまでカップルがいたところに立つ。 岬は彼氏さんの方にスマホを渡してとてとてと横に駆けてくる。



(――!?)



きゅっ、と右手に軽く締め付けられる感覚があった。 少しひんやりとした感触に、それが岬の左手だと頭が理解してくれるのに時間がかかった。 思わず岬を見るが、右手をピースの形にしてとびっきりの笑顔を手渡したスマホに向けていた。


 はいチーズ、の声に慌ててスマホを見る。 撮られることはわかっていたはずなのに焦ってしまう。 どんな顔をしているのかもわからない。


 ぽけーっとしていたら、いつの間にかスマホを返してもらった岬が目の前にいた。

 が、手の感触はそのままだった。


「大地のこの顔、おもしろい」


 と、失礼な感想を述べるが、見せられた画面に映る自分を見ていたらとてもじゃないが否定できなかった。

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