第6話 学年一の美少女

「おきょん、助けて」

「珍しいな、兄貴のお願い事なんて」


 おきょん、正しくは菊野杏果、2歳違いの妹である。

 『山登りに行こう』というアイドルのお誘いに、山に持っていけるようなリュックサックを持っていなかったため、妹から借りられないか交渉にきた、というわけだ。


「高尾山程度だから大したリュックじゃなくていいんだけどさ。なんか貸してくんない? 」

「別にいいけど、兄貴がアウトドアなんて珍しいじゃん 」

「無理やり駆り出されることになってな 」

「なに、デート!? 誰よ相手はっ! 」

「あ、いやまぁ確かに女子だが・・・。何でわかるんだ。 なんというか、クラスのアイドル的な? 」

「兄貴の高校でアイドルといえば、あの北条センパイとか!? 」


 北条センパイというのは、学年で一番の美少女と言われる1年7組にいる北条唯香をさしている。 中学校でも有名だったので、ウチの高校に入ったことは知っていたのだろう。


(実はクラスどころか、本物のアイドルなんだけどな・・・)


「違うっつーの。 クラス違うし話したこともねーわ」

「だよねー。 兄貴なんぞが北条センパイとデートとかあり得ないし」

「本当のことだが、なんかムカつく」


 おきょんはケタケタと笑いながら、クローゼットを開けてリュックサックを漁る。

 視界が急に明るい水色で埋まる。 思わず受け止めると、自分には少々小さめなリュックが手に収まった。 しかし、高尾山程度なら十分であろう。


「あいよー」

「お、悪いな」

「お代は、ツーショット写真でいいよ 」

「撮るかっ」


 ツーショットなんぞ残したら、どこで拡散するかわかったのものではない。

 そんなことよりも気になっていたことを問う。


「女の子って、男と二人で山登りとかするもん? 」

「ある程度仲のいい友達ならするんじゃない? ワタシゃしないけど」

「それお前がインドアなだけだろ」

「全くもってその通りである。でもま、ボウリングみたいなもんだと思えば普通じゃん? なーに、意識しちゃってるの? 」

「メッセはしてたけど会うのは2回目だから、最近の女子ってのはどんな考えなのかと思って」

「なに、出会い系? 」

「こないだ、楽器屋の近くで出会ったというか・・・」

「ナンパ!? 」


 話がどんどんとあらぬ方向へ向かうのを感じて、聞きたいことを聞くよりもこれ以上こじれさせるのはやめようと脱出を画策する。


「ま、まぁリュック借りていくなー。 サンキュ」

「あっ兄貴、まだ話は終わってな・・・」


 全部言い切る前に部屋を出てドアを閉める。

 4Seasonzの岬千春と二人で山登りなんて、どうやって説明すればいいのか。 妹どころか週刊誌の絶好のネタではないか。


 山は標高約600mで、幼稚園児でも登頂できる程度の高さだ。 大人なら1時間もかからないで登り切ってしまう。 今までのメッセのやり取りを考えれば、お互い黙って気まずいといったことはそうないだろう。 登山路のおススメスポットだけネットで調べて、眠りについたのであった。





 翌朝、クラスに入ると春山はもう来ていて、矢口と談笑していた。 岬とのメッセを思い出してちょっと気まずい思いをしていたがそれは俺だけのようで、席に着くなり春山や矢口が話しかけてきた。


「おはよう菊野くん」

「おはよ、菊野先生」

「おす。なんだ先生って」

「美咲のスマホドクターなんでしょ? 」


 そういう説明をしていたのか、と納得する。 具体策はなにも示せていないんだから、先生もへったくれもないんだが。


「人よりもちょっとだけ詳しい程度だよ」

「そうは言うけど、知ってることは強みだよ。 あたしは実際助けられたしね」


 春山に褒められて少しくすぐったい気持ちになる。 今度なんかおススメのアプリでも探しておこう、なんて考えているあたり俺も世話焼きだな。


 ホームルームの時間も近くなって、他のクラスメイト達も続々と入ってきている。

 しかし――、春山と二人でいた昨日の場面などなかったことのように話題に上ることはない。


(もしかして、地味すぎてスルー!? )


 平和といえば平和なのだが、一人で舞い上がっていたみたいで小っ恥ずかしい。 代わりに話題に上っていたのは、『学年一美少女と名高い北条さんが、男と一緒に歩いていた』というものだった。


 北条唯香は、背がすらりと高く、小顔で、勉強もスポーツもできるという。 淡い栗色のロングヘアーは、遠目から見ても艶があって天使の輪が見える。 目鼻立ちも整っており、まるで絵画の世界から出てきたようだという声もある。 実際、何人もの勇者たちが交際を申し込むべく挑んでは撃沈しているらしい。


(あの完璧超人にも彼氏がいたのか? そりゃー、俺らなんか話題になるわけもないな)


 そう自嘲するも、安心やら残念やらの気持ちがないまぜになり、もやもやとしたまま一日の授業をこなす羽目になった。

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