第5話 スマホクリニック
「バッテリーありがと」
「ん」
放課後になって、貸していたバッテリーを春山から受け取ると、カバンにしまい込んだ。
「このバッテリーってコンセントにも差せるんだね」
「そうそう、スマホ充電しながらバッテリーも充電できて結構便利なんだよ」
ちょっと得意になって春山を見やると、いつもと雰囲気が違う。
(あれ? なんかちょっと変わった? 可愛く見えるな)
「え? な、なに? 」
春山は目を泳がせて、慌てたように問う。 思わず見つめてしまっていたようだ。 慌てて目を逸らして取り繕う。
「ごめんごめん。 ボーっとしてた」
「そ、そっか。 あのさ、菊野くんってスマホとかIT系って強い? 」
「んだな。 割と得意な方かもね」
「それじゃさ、最近スマホのバッテリーの減りが異常に早くって、ちょっと見てくれない? 」
「いいよ、バッテリーかぁ 」
そう言って、認証を解除した状態で机に置かれたスマホを覗き込む。 小さい画面を一緒に見ているので、春山の息遣いがわかるくらい近くに見える。 心臓の鼓動が早くなっているのを悟られないように、スマホに指を伸ばす。
スマホに標準で入っているバッテリー管理のアプリを起動する。 どのアプリがバッテリーを多く使用しているかわかる優れものだ。 知っている人には当たり前かもしれないが、ITに疎い人は意外と知らないものだったりする。
メッセンジャーのアプリが上位にいるのは当然だが、あとはWebブラウザや地図のアプリが多い。 きっと調べ物が多いのだろうと勝手に納得する。 そんな中、自分の知らないアプリが意外と上位にいる。 春山にそれを尋ねてみると、メッセ関係でよく使うアプリだという答えが返ってきた。 ネットで検索しても出てこないし、どんなものなのかはわからなかった。 それを除けば特に怪しいところもなく、バッテリーの経年劣化の影響が一番大きいのだろうと結論づけた。
それを春山に伝えようとふと顔を上げてみると、クラスにはもう誰も残っておらず、二人きりになっていた。
「とりあえず怪しい点はないね。 たぶんバッテリーがヘタってるだけ……あれ? 誰もいなくなってる」
「うん。 菊野くん集中してたもんね。 あたしは挨拶したりしたけど、みんな部活に行ったりしてたよ」
「ゲッ、今何時だ!? 」
どうも集中して調べ過ぎたようで、気づかないうちに結構時間が経っていたらしい。 はやいとこ部室に行かねば、と焦っていたところに、クラスのドアが開いて、聞こえてきたのはクラリネットの新パートリーダー内山先輩の不機嫌そうな声だった。
「おうおう。 部活にも来ずに何をしているかと思えば、放課後デートかい? 」
「いやいや、違いますって。 ちょっと相談に乗っていただけで。 すぐ楽器取ってきます。 悪い、春山。 また明日な」
「ううん、こっちこそ時間取ってごめんね」
ニヤニヤと笑う内山先輩やクラリネットパートメンバーの横を通り抜け、部室へ向かうことにする。 どうせ数分後にはこの教室に戻ってくるのだが。
吹奏楽部では、合奏がない日はパートごとの練習になる。 パート練習は、放課後使用しないクラスの教室を借りてやっている。 クラリネットはこの1年8組の教室を使っているため、内山先輩は俺を探しにきたというわけではなかったのだ。
10数分後、バスクラを携えて1年8組の教室に戻るともう春山はおらず、代わりにあったのはコイバナ大好きな女性陣からの追及だった。
風呂に入ってリビングですこしテレビを見たあと、自室に入ると時を同じくして岬からのメッセが飛んできた。 他愛もない応酬ののち、今日の放課後の出来事とその後の追及について話をしていた。
『放課後にクラスで2人で残ってたら、付き合ってるとか思われちゃうものかな』
『二人っきりなだけじゃなんとも言えないけど、近くで顔を寄せ合ってるんだったら確かに見えるかもね』
『やっぱりそうかー。 明日誤解されてたりしないか聞いておこう』
『あたしの見立てとしては、女の子の方も気にしてないと思うよ。 放課後デートなんて、やるねぇ大地も』
『そんなんじゃねーよ 』
集中してたとはいえ、周りからどんな風に見えるかなんてまったく気にしてなかった。 付き合ってるなんて噂でもたてば、春山も気分を害するだろうし。 クラスで冷やかされるような場面を想像してしまう。
女子たちは春山の方に向かうんだろうか。 俺はほかに仲のいい女子いないしな。 来るとすれば、田中と山田くらいか。
春山はなんて答えるんだろうか。 昼間みたいに真っ赤な顔をして、違うの違うの!とか言うんだろうか。
(満更でもないのか、俺)
『おーい』
『寝落ち〜? 』
ふと画面に目を落とすと、岬からのメッセとあんまり可愛くないキャラクターが怒っているのが見えた。
『その可愛くないの、アイドル業界で流行ってんの? 』
『既読スルーの挙句、感想がそれ!? 』
『ごめんごめん。 ちょっと意識飛んでた』
『許してあげない! お詫びを所望するっ! 』
『ごめんって。 なんかできることなら』
『んじゃ、今度の日曜日にちょっと付き合ってよ』
『仮にもアイドルがそんなことしていいのか。 だいたい日曜日ってイベントとかあるんじゃ? 』
『だいじょうぶだってー。 日曜日はね、先方の都合で中止になったから』
というよくわからない自信と断る理由をつぶされたことで、週末の予定が決まったのであった。
ただし問題が一つ。 リュックサックを持っていなかった。なぜリュックサックかというと、行き先が山だったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます