第4話 グラビア談義
昨夜は岬とのメッセで最近の世界情勢について盛り上がってしまい(大嘘)、すっかり寝るのが遅くなってしまった。 眠い目をこすりながら靴を履き替えていると、後ろからフルートのような柔らかい音色が聞こえてきた。
「おはよう菊野くん」
「ん」
「返事短くない? 」
「春山に捧げられるほどの上等なセリフは持ち合わせておりませんよ」
くすくす笑いながら、春山は今日もピンクゴールドで縁取られたメガネを光らせている。 似合ってはいるんだろうが、どうも野暮ったい。 春山先輩が言っていたメガネを外したら、ってのがどうにも信じがたい。
「何かついてる? 」
「いやいや、眠くてボーっとしてただけ」
昇降口で会った春山と一緒にクラスに向かうと、俺の座席まわりに鎮座して田中と山田があーだこーだ議論していた。 何かと思って覗くと、どうやら雑誌のグラビアのようだ。
「大地、やっと来たか」
「見ろよ、今週のヤンステ。 4Seasonzのグラビアなんだけどさー。 田中が冬陽ちゃんが一番だって言ってきかないんだよ」
4Seasonzという響きに思わずピクッとなる。 こないだライブで見てからというものの、街で彼女たちを見かけることが意外なほど多いことに気がついたのだ。
「当たり前やん。 絵画から出てきたようなあの佇まい。 ちょっと冷たい微笑みが最高だろうが」
「わからんでもないんだが、夏芽ちゃんのアグレッシブな感じがいいんだよ。 大地は? 」
確かに二人が言っていることもわかる。 4Seasonzはそれぞれカラーやキャラに個性がある。 二人から名前が出てこなかった秋菜も、知的な雰囲気を醸しておりとても魅力的だ。
だけど、俺は−−。
「岬だな」
間髪入れずに答えた俺に、互いの主張を譲らない二人と隣にいた春山が振り返る。
「千春ちゃんか!」
「大地が即答するとは・・・。意外だな」
「布教しようと思ったのに、遅かったか」
「夏芽ちゃんの方がおっぱい大きいぞ? 」
「岬のおっちょこちょいだけど、一生懸命なところがいいんだよ」
春山はそこまで聞くと、満足そうに自席へと向かっていった。
(春山も岬推しなのか・・・? )
田中と山田がまた自分の推しを熱弁しているのを傍目に、手元のスマホに目を落とす。
(岬と毎晩のようにメッセしてるなんて言ったら、こいつらひっくり返りそうだな)
一人優越感を感じていると、始業のチャイムが聞こえてきた。
昼休み、自席でお弁当を食べていると隣からいつもと違うしょげたようなくぐもった声が聞こえてきた。
「スマホ電源入らない・・・。 電池切れてる・・・」
「やだ美咲ったら充電忘れたの? 」
「昨日メッセに夢中になっちゃって、ベッドで寝落ちしちゃったの」
「なに美咲彼氏でもできたの!? 聞いてないよ!」
「ち、違うよ、お友達! 」
横で恋バナのようなそうじゃないような話をしていたが、電池切れではこの後も支障があるだろう。 そう思って、カバンの中からモバイルバッテリーを取り出す。
「ほれ、貸してやるよ」
「え? いいの? 」
「レンタル料500円な」
「その微妙にありそうな価格設定がなんかやだなぁ」
眼鏡の奥の瞳を少し細めながらも、バッテリーを手に取ってケーブルの先端をスマホに差し込む。 ほどなくして、スマホには電池のキャラクターが泣き顔で表示された。 そんなやりとりを横で見ていた矢口友紀が、からかうような口ぶりで突っかかってきた。
「なーに、菊野って美咲のこと好きなの〜? 」
「ちょっと友紀、何言ってんのよ! 」
「お? 好きだぞ。 嫁にもらいたいくらいだ。 」
きゃっ、と黄色い声を上げる矢口。 春山はびっくりしたように目を見開いたあと、耳をほんのり朱く染めてそっぽを向いた。
「ちょっと菊野。 美咲をからかわないでよ。 女慣れしちゃって」
たしなめるように咎めてきたのは、春山と一緒にお弁当を食べようとしていた海原だった。
「悪い悪い。 部活が部活だからな」
そう、ウチの高校の吹奏楽部は女子が多い。 1学年あたり30人ほどいるが、そのうち男子は5,6人。 そんな環境にいると、どうしても女性の扱いに慣れるし、躱し方も身につけてしまうのだ。
「あ・・・あの、あたしも、好きだよ? 」
「っっっ!? 」
ゆっくりとこっちを向いた春山が上目遣いで呟く。
思わずカッと顔が熱くなる。 今までそんなそぶり見せただろうか。 そんな、まさか春山が・・・。
「なーんて。 惚れちゃった? 」
(−−こいつ!)
耳まで真っ赤なのを自覚して、女性に慣れてるなんてどの口が言うのかと自嘲する。
「二人して顔真っ赤にしてなにやってんだ〜?」
「やかましいっ! 飯にすんぞ! 」
弁当を一緒に食べようとやってきた田中に向かって、照れ隠しに大きい声を出すと、少し乱暴に弁当を広げて食べ始めた。 春山は、隣でくすくすと笑っていて、なんだか居心地が悪かった。
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