第24話 控えめに言って絶品
美咲の父親は小さい頃に病気で亡くなっていて、母親は仕事で帰りが遅いことが多いんだそうだ。 ご飯は二人が交代で作り、洗濯や掃除は一緒にやる。
なるほど、ほとんど二人暮らしのようだ。 来月からおきょんとの二人暮らしになる俺たちにも参考にさせてもらおう。
制服のままではなんだから、ということで二人はそれぞれ着替えに向かった。 先輩は「覗きにくる? 」と言っていたが、美咲が本気で怒ったため大人しく引き下がった。
リビングで出された紅茶を飲みながらあたりを見回していると、ある一角に4Seasonzのグッズが飾られていた。 中でも多く飾られていたのは、岬千春のものだ。 結構種類があるように見えるが、家族でファンだったりするのだろうか。
部屋から先に出てきたのは美咲だった。 薄手のパーカーに、スウェット生地のロングスカートを履いている。 ゆったりした雰囲気が、出かけた時とはまた少し違う美咲らしさをあらわしている。
「ご飯、親子丼にしようと思ってるんだけど、いいかな? 好き嫌いとかアレルギーとか平気? 」
「親子丼大好き。 実は大葉が苦手なんだけど、親子丼なら出番はなさそうだよな」
「そうだね」
「なんか手伝おうか? 」
「ううん、お客さまは座ってて」
エメラルドグリーンのエプロンを手にとって身に纏う。 手早く白米を炊飯器にセットして、鶏肉や玉ねぎを下ごしらえしてゆく。 普段からやっているからなのか、手際がとても良い。
「どう? 新婚夫婦の旦那さんの気分は? 」
「なに言ってるんですか。 でも、手際良くって出る幕ないです」
「美咲は私より料理上手だしね。 今日の献立なんだって? 」
「親子丼ですって」
「いいわねー」
襟ぐりが大きく開いたスウェットの上下で出てきた先輩は、身体の起伏がわかりやすく、男子高校生にはちょっと目に毒だ。
目線を彷徨わせながらも、最近の部活について話す。 いくら受験生とはいえ、打ち込んでいたものができなくなると気になって仕方ないのだろう。
最近の受験事情について話題が移っていると、そろそろできるよ、という予告と食欲を刺激する香りが漂ってきた。 テーブルの上を片付けようとカップを持って席を立つ。
その時、台拭きをする先輩は前かがみになっていて、広く開いた胸元から淡いピンク色が見えていた。 思わず目を奪われてしまったのは、男として仕方無いと思う。 そういう生き物だから。
(な...なんだか、寒気が――)
背筋が冷えたのを感じて振り向くと、言い訳など通じそうもないエプロン姿の少女が、頰を膨らませて隣に立っていた。
「――大地のえっち」
「あ、いや、み、美咲、あれは事故というか僥倖というか」
「喜んでるんじゃん」
「喜んでるわけじゃなくて、ラッキーというか」
「お姉ちゃん、おっきいもんねえ? 」
「あ、うー」
口にすればするほどドツボにはまりそうで、もう諦めて怒りが収まるのを待つしかなかった。
先輩は後ろでケラケラと笑っていた。
「んまい! 」
素直に感嘆の声をあげると、美咲はホッとしたような表情を浮かべていた。 鶏肉はふりそでという部位らしくムネ肉に近い食感だが、弾力も適度にあってメロディを立派に奏でていた。 トロトロの卵はオブリガードとなってメロディを引き立てつつ、なくてはならない存在だった。 まさに究極のハーモニーだ。
添えられた舞茸のすまし汁も、だしがきいていて香りも良い。 簡単でごめんね、と美咲はいうものの、控えめに言って絶品だった。
「これは金取れるな」
「置いてっていいよ」
「先輩にじゃないっす」
先輩が、チッ、とあからさまな舌打ちをする傍ら、すまし汁を啜っていた美咲からは柔らかな笑みがこぼれていた。
「人数が多い方が食事も楽しいね」
「やっぱりそうだよなー」
「なんか実感こもってるけど、菊野君とこもなんかあったん?」
「いえ、これからそうなる予定というか。 来月から妹としばらく二人暮らしになるんですよ」
「へー、そりゃまた何で」
「親父の単身赴任があって、それについていくオカン、ということで。 単身で行けっつーの」
そりゃ大変だ、という先輩と美咲。
「異性の兄妹だから気を遣う部分もあるよね」
なるようになるさ、とはいったものの、やはり食事が心配のタネでもある。
「美咲、今度ご飯の作り方教えてくれよ」
「うん、あたしでいいならいつでも 」
「ホントか!? 助かる。 今日はホントにご馳走さまでした」
美咲がキッチンで洗い物をしている間、先輩が真面目な顔をして話してきた。
「美咲ってさ、男の人が苦手でさ。 最近ようやくビクビクしないで話せるようになってきたんだ」
「そうだったんですか」
「だから、さっきみたいに楽しそうに男の人と話すの見るの久しぶりでさ。 良かったら、見守ってやってよ」
「俺なんかで良ければ。 なんかきっかけとかあったんですか? 」
「直接的な被害はなかったんだけど、ストーカーみたいな感じの事があってさ」
そう言われてみれば、美咲がほかの男子生徒と仲良く話しているのはほとんど見たことがなかった。 今まで全く知らない美咲の一面を見た気がしたし、それと同時に守ってあげたい、支えてあげたいと強く思ったのだった。
「んじゃ、はる・・・美咲、ありがとな。 また明日」
「うん、よくできました。 おやすみなさい」
エントランスホールまで見送りにきてくれた美咲に小さく手を振った。
一旦駅に寄り、家におわびのプリンを2個買って家路につく。 道すがら頭に浮かぶのはやはり美咲のことであった。
(なんで名前で呼べなんて言い出したんだ。 確かに、仲は良い方だとは思うけど・・・。)
道中の15分ほど、ぐるぐると考えを巡らせてみたが、腹に落ちる答えが出ることはなかった。
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