第25話 逆転!
校内の掲示板には、各学年100位までの成績上位者が発表される。 前回は99位とギリギリ100位以内にいたし、今回はそれよりも手応えがあったからもう少し上の順位だろうと期待している。
午前中の睡眠学習を経て昼休みになってお弁当を食べ終えた。 田中、山田と一緒に掲示板を見に来ると、そこには45位という前回よりもかなりランクアップした位置に名前が書いてあった。
田中は33位だったし、山田は前回の圏外から90位に入っていて、3人とも成績は上々と言えるだろう。
予定外なのは、46位のところに美咲の名前があったことだった。
理由は、午後イチの数学の授業で判明した。 出題にミスがあったことで、その問題を採点対象外にしたんだそうだ。 つまり、その問題を間違えていた場合は5点プラスになる。 2点差で負けていた合計点は、この5点によって逆転したのだった。
「みさ――じゃねぇ、春山、掲示板見たか? 」
「うん、見てきたよ。 結構順位上がったよね」
「おう、予想以上に上がっててびっくりしたわ。 またお隣同士だったしな」
「でも、逆転されちゃったなぁ」
「ふっふっふ。 そういうことだ」
「せっかくお願いごとしたのに」
数学の後の休み時間に、俺は意気揚々と美咲に食ってかかった。 そして、昨日のことがあったからお題はもう考えてあったのだ。 美咲にもあの恥ずかしさを存分に味わってもらおうと。
「さぁ、俺のことを名前で呼んでもらおうか」
「大地」
「そんなあっさりかよ!? 」
「だって、割とみんな呼んでるし」
渾身の一撃だと思ったのに、あっさりと返されて若干凹む。 あれほどまでに恥ずかしい思いをしたのは俺だけだったのか。
隣に目を向けると、美咲はくすくすと柔らかな笑顔を浮かべている。 こうやって話していると、男が苦手だなんてイマイチ信じがたい。
「美咲、そりゃないよ」
「ふふふ」
「なーに、あんたたちいつの間に名前で呼び合う仲になってんの? 」
いつの間にかそばに来ていた矢口にからかわれた。 いま美咲って言ってたか、と気づくももう遅い。
練習のために『美咲』と呼ぶ妄想を散々続けていたから、つい口から出てしまったようだ。 じろじろと品定めするような矢口の目線にたじろぐ。
「唯香のところのクリスマスパーティに行くときに、一緒に行く予定だからその練習。 友紀も聞いてたでしょう? 」
「そりゃ、クラス全員注目の的だったしね。 なんかお題でもあんの」
まあそんなとこ、と平然と言ってのける美咲に、『女は生まれながらにして女優だ』という言葉を思い出して戦慄する。 自分がわかりやすいことは否定しないが、敵わないな、とため息をつく。
「というわけで、大地もこれからも続けなきゃだね」
「――お前、策士だな」
うまく躱しきったその巧みな話術に感心していたのもつかの間、今度は俺へもその巧みさを遺憾なく発揮したのであった。
『男から名前で呼ばれるのって特別だったりするのか? 』
『相手によるかな、って当たり前よね。 心の距離が近い、って感じられるかな』
『岬も、千春って呼ばれると嬉しいものか? 』
『ううん、あたしはお仕事用の名前で、本名は違うから。 そこで線引いてる感じかな』
『そうだったんだ。 ちなみに本名は? 』
『大地には教えてあげない。 だから、今までどおり岬って呼んでくれればいいよ』
『そう言われると逆に気になる』
『あたしのことはいいじゃない。 大地には、誰か名前で呼び合う女の子がいるの?』
『一人だけな』
『じゃ特別な子だね』
夜、寝る前に交わしていた岬とのメッセで、昨日の疑問をぶつけてみたのだが、やはり好意を持ってくれてると思っていいのだろう。
ふと、自室の本棚に置いたサメのぬいぐるみが目に入った。 水族館からの帰りに岬からもらったお土産だ。 何故サメなのかはよくわからなかったが、サメは好きだからそのまま本棚に飾っている。
『岬は、次はいつヒマになるんだ? 』
『年末近くなるとなかなかねー。 なに? デートのお誘い? 』
『そういうわけじゃないこともないんだけど、忙しいのかなと思って』
『年末年始はイベントも多いからね』
『そっか残念』
『またヒマになったらね! 』
一緒に過ごしたい気持ちは大いにあるのだが、相手がアイドルなのだから仕方がない。
そういえば、俺だって吹奏楽部のイベントで近所の公民館などでの催しに呼ばれたり、3月には吹奏楽部の定期演奏会があるので、忙しくなるんだった。
しばらくはお預けだな、なんて思いながら、眠りについた。
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