第23話 いざ尋常に勝負
今回の期末試験は、過去の中間や期末と比べてもかなり手ごたえがあった。 実際返されたテストの点数も良かったし、理科なんかはクラスで一番だった。
正直、これはもらっただろうと思ったのだ。――古文が返ってくるまでは。
「あー、クラスで一番は春山、92点だ」
「なんとっ!? 」
静かだったクラスに俺の声がこだました。クラスメイトが一斉にこちらを見る。
「あ、はは。 すんません。 動揺しすぎました。」
「菊野、なんでお前が動揺しとるんだ」
それもそのはず。古文は春山の半分ほどしかなかったのだから。
(やべえ。50点近く差があんのか)
春山をちらりと見ると目が合う。そして、顔の横で小さくピースサインを作って見せた。
全て結果が出揃った放課後、カフェ図書館で結果発表をやろうという話になった。 地元の駅まで電車で移動すると、少し距離があるがカフェ図書館まで歩く。
さすがにアイスコーヒーは寒い時期になってきたため、ホットでブレンドをもらう。春山はココアを頼んでいた。
「さて、では本題。 順番に点数並べていこうか」
「うん、そうだね。 どうかなぁ? 」
現代文、古文、数学、理科……順番に点数を並べてゆき、結果をスマホの計算アプリに入力していく。 これは...際どいな。
「準備できたか? 」
「うん、いいよ」
「では、いざ尋常に勝負! 」
互いに画面を見せ合う。 そこに映し出された数字は、『505』とあった。 それを見て、春山に向けたスマホを見たが、自分の手に持つ画面は何度見ても『503』だった。
「なんということだ――」
「ふふ、競争はあたしの勝ちみたいだね」
眼鏡の奥で柔らかに笑う春山。 今日の笑みは柔和なだけでなく、なんだかイタズラ心も混じっているような気がする。
しかし、2点差とは。 過去最高の出来だったのに、春山の方がさらに上回るなんて。
「やはり、あの古文か――」
「ふふっ。あの時の狼狽え方すごかったもんね。 古文苦手なの? 」
「いつも赤点ギリギリ。 それでも今回は平均よりちょい下くらい」
「古文なんて授業聞いてたら、全部答えに近いこと話してるのに」
「春山は古文得意なんだな。 今度教えてよ」
「もちろん。 あ、でもそしたら負けちゃうから、あたしにも数学教えてね」
「え、次もやんの?」
今回、罰ゲームは置いといても競争があることで集中できたのはあるかもしれない。 勉強会で苦手が克服できるなら大いにアリだ。そんなことを考えていたら、春山が口を開いた。
「お願いごと、話してもいい? 」
「ああ、そうだった。 男に二言はない。 なんなりと」
「それじゃね、あの、あたしのこと、これからは名前で呼んで欲しいな」
「ええっ!? それめっちゃ恥ずかしいぞ。 ほかに何かないのか? 」
「男に二言はないんじゃなかったの? 」
「――わかった、わかったよ」
「はい、どうぞ」
「み…さき」
超小声で口に出した途端、恥ずかしすぎて死ぬかと思った。 名前で呼ぶなんて妹の杏果くらいしかない上、その妹も『おきょん』と呼んでいる。 これだけ恥ずかしがるのも致し方あるまい。
真っ赤であろう顔を向けたら、春山は耳をほんのり赤く染めて、柔らかで穏やかな笑顔を見せていた。
「これでいいだろ。 めっちゃ恥ずかしかったぞ」
「え? 今日からは、って言ったのに」
「はぁ!? 無理無理無理。 だいたい周りになんて言われることか」
「んじゃ、二人の時は、ね? 」
二人の時だけならまぁ実害を被るのは俺の心臓だけだ。 渋々承諾すると、春山――もとい、美咲は満足そうに笑った。
せっかくだからと、復習がてら古文を教えてもらうことにして、しばらく勉強会になっていた。 しかし、夕飯の時間も近づいているし、俺は親の引越し準備を手伝わなければならない。
「春山、そろそろ行くか。 送ってくよ」
「美咲」
「あ、――美咲」
「うん、行こっか。 でも送ってもらわなくても平気だよ。 まだ時間早いし」
「いやいや、外もう暗いし。 時間早いから俺のことは気にせんで済むでしょ」
「うん、ありがと」
カップを返却口に戻し、カフェ図書館を後にする。 そして、自宅とは反対方向の道を二人で歩き始めた。
美咲の家は、駅から割と近くに位置するマンションで、駅からだと明るい道続きで行けるんだそうだ。
15分ほど歩いたら、明るい道にでた。 車も人の往来もそれなりにある。
「もう、ここの道からなら大丈夫だよ」
「おう。 んでも、こっからなら俺も駅まわりで帰る方が近いから、気にすんなよ」
「そうなの? それじゃよろしくね、ありがと」
あまり通ったことのない道だったが、カフェ、本屋、スーパーマーケット、ケータイショップ案外色んなお店が揃っていて生活には困らなそうだ。 駅に近づくにつれてお店の割合が増えていく。
「ここだよ。 わざわざありがとね」
「どういたしまして。 んじゃ春山また明日な」
「美咲」
「――美咲、また明日」
「うん」
「ずいぶんと仲良しね、お二人さん」
心底驚いた。 驚きを隠しもせずに振り向くと、そこには前副部長で美咲の姉の春山先輩がいた。 なんでこんなところに、というのは愚問だろう。
「――お姉ちゃん、おどかさないでよ」
「いやー、知った顔が仲睦まじく歩いてるんだもの。 なに、付き合ってるの? 」
「違うわよっ。 こんなとこでやめてよ」
「そんな顔真っ赤にしても説得力ないよ? 」
「もーっ! 」
姉妹での会話はこんな感じなのか、なんて第三者気分で見ていたら、急にこっちへ話が飛んできた。
「菊野君もウチでご飯食べて行きなよ。 今日の当番美咲だけど」
「へっ!?」
「ちょっとお姉ちゃん、さっきからなに言ってんの!? 」
「まぁいいから、いいから。 ほら行くよ」
「先輩マジすか」
母親に電話したが、粗相するんじゃないよ、という許可を得て、ご相伴にあずかることとなったのであった。
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