第36話 想定外の訪問者

「お誕生日おめでとう。 月末には一回帰るから、遅くなっちゃうけどそのときお祝いしよう」

「おうよ、ありがとう」

「福岡は日本海に面してるせいか、結構北風が強くてな」

「部活行くから切るぞ。 んじゃ、またな」

「しっかり勉強もしろよ」

「うぃ」




 朝かかってきた電話は、親父からだった。

 ひな祭りの今日、俺は多くの同級生から遅れて16歳になった。 とはいえ特別な行事や予定はなく、あるのは定演を10日後に控えた部活の練習に行くだけだ。


 パジャマ姿のままリビングにおりてきたおきょんに「いってきます」と声をかけて家を出た。 16歳最初の朝だからといって、何が変わるわけでもなかった。





 定演の練習は、楽器の演奏だけではない。 ポップステージでは、衣装を着てダンスをする部員もいれば、パネルを使ってパフォーマンスをする者もいる。

 俺はというと、佐藤先輩と一緒に司会の打ち合わせをしていた。 佐藤すみれ先輩はトロンボーンのパートリーダーで、ショートボブがよく似合うマスコット的な存在だ。 身長は150cmに満たないため、入学時から俺よりも目線が低い。


「ひと通り台本作ってきたから、一緒に見て」

「はい、ありがとうございます」

「先生から最後の曲紹介やるように言われてるんでしょ? だから、そこから逆算して交互になるように割り振ってみてるから。 他人のセリフだと噛むと思うから、セリフ直して自分の言葉にしといてね。 直したら、一応見せてね。 ウチもなに話すのか知っときたいし、チェックにもなるからさ。 ねぇ、聞いてる? 」

「――あ、はい」


 ひたすら喋る佐藤先輩に圧倒される。 キャラ濃いなー、なんて思っていたから途中聞いてなかったけど、要はセリフを直して見せればいいようだ。


「あの、佐藤先輩」

「すみれって呼んで」

「えっと、え?」

「すみれ。 佐藤いっぱいいるから」

「あ、はい。 それじゃ、すみれ先輩、いつまでに見せればいいですか? 」

「うーん、今日中? 」



(いきなり今日って。 おいおい、この先輩大丈夫か)



「でも、もう練習終わりですよね」

「それじゃ、駅のカフェでやろっか」

「いや、駅前コンビニしかないですし」

「菊野くんちどっち? 電車組でしょ? 」

「都心に向かって急行2駅分ですけど」

「ならそこでいいよ。 ウチもっと先だから途中だし」


(え〜、面倒くさい)




 結局、佐藤先輩に押し切られて、地元の駅のカフェに行くことになってしまった。 カフェ図書館に行くことも考えたが、あの雰囲気を台無しにしてしまうからやめた。


 結局、南口にあるファミレスに入り、ドリンクバーでやり過ごしながら打ち合わせを続けることになった。


「それでこのセリフは、バスクラのソロがプロポーズの言葉なんで、『私も愛する人を思うかのように演奏したいと思います』って感じでいいですかね。」

「うん。 いいんじゃない? 」

「じゃそれでいきます。 他何かあります? 」

「インタビューの、二人で掛け合いになるとこの練習かな」

「わかりました。 というか、この『すみれちゃん、僕の音楽を受け取って』はどうにかなりませんか」

「えー、いいセリフなのに」

「さすがに、『すみれちゃん』は言えないですよ」

「大丈夫だって。 言ってみ? 」

「やです」

「いいから」

「す、すみれちゃん」

「もっと大きな声で」

「すみれちゃん」


 何だかよくわからない辱めを受けていると、スマホが振動した。 久しぶりの岬からのメッセージだった。


『デート中? 』

『デートなんかしてないし』

『じゃ、なにしてるの?』

『部活の先輩とコンサートの準備』

『どうせかわいい先輩と二人っきりでファミレスとかでやってるんでしょ』



 (!? なんでわかった!? )



 どこかで見てるんじゃないかと思うくらい鋭い指摘に、あたりを見回す。しかし、当然ながらそれっぽい人影はない。


『違うってば。 面倒な人だから早く帰りたいんだよ』

『ふーん。 それが終わったらお家帰る? 』

『ん、そりゃな』


 最後のメッセは既読がいつまでたってもつかなかった。仕事の合間にでも送ってきただけなんだろうか。


 そのあと、しばらく佐藤先輩のマシンガントークを浴び、今日のところは解放された。 改札の手前で分かれて、家路につく。


 全く、疲れる1日だった。






 ようやく家が見えるところまで来た時、もう陽が落ちかけていた。 後ろからチリンチリンと自転車のベルが鳴る。 歩道を歩いていたのだが、すこし端に寄る。


 もう一度鳴らされたチリンチリンはちょっと荒んだ俺を苛立たせるには十分で、「んだよ」とイラッとした気持ちを口に出しながら振り向く。



 しかし、そこにいたのは、俺が想いを寄せている少女で、自転車にまたがったまま小さく「ごめん」と呟いていた。


「美咲っ!? 何してんだ、こんなところで。 お、おい、ごめんって、泣くなよ」

「――泣いてないもん」

「涙目じゃねーか。 とりあえず、ウチにでも来い、な? 」

「――うん」


 涙目で頷く美咲を連れて、玄関の前に立つ。 カギを開け「ただいまー」と声をかけると、リビングからは「おかえりんさーい」と返ってきた。



(涙ぐむもんだから思わず連れてきちゃったけど、なんか用事あったのか? )



「お邪魔します」



 どたたたたたた、とおきょんが走ってきた。


「兄貴、誰か連れて来たの!? 」

「あ、すまん。 美咲を拾ってな」

「あーっ、あの美咲さん!? はじめまして! 妹の杏果ですー! 」

「春山です。 一応、お蕎麦屋さんで、ね? 」

「あ、そうでした。 猫の額ほどしかない狭い家ですけど、どうぞー」


 そう言ってリビングを案内するおきょん。 俺は「着替えてくる」とだけ言い残して自室に向かった。


 


 普段ならジャージだが、美咲が来てるからすこしだけちゃんとした服装に着替える。 ってもパーカーだが。 リビングに戻ってきたら、二人はもうすっかり打ち解けて笑っていた。


「ほんで、美咲は何してたんだ? 」

「このバカ兄貴! 」

「えっ、いきなり何だよ」

「ちょっと、杏果ちゃん、そこまで言わなくても・・・」

「美咲さん、兄貴の誕生日プレゼント持ってきてくれたのよっ! 」

「ええっ、そうだったの? 」

「――うん。 ちょっと驚かそうと思って」


 当然のことながら驚いた。 プレゼントを用意してくれただけでなく、届けに来てくれるなんて。


「いや、そりゃ驚いたよ。 わざわざありがとう」

「あたしも家に上がるのは想定外、なんて。 それで、これ。 お誕生日おめでとう」

「ありがとう! 開けていい? 」

「うん、もちろん。 気に入ってくれるといいんだけど」




 美咲から受け取った小さな包みを紐解いてゆく。



 中から姿を現したのは――。

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