第35話 つんつん
夕飯を終えたあと、美咲からもらった包みを開けると、チョコレートケーキが入っていた。 おきょんに聞いたら、ブラウニーというそうだ。
お湯を沸かして紅茶を入れる。 ティーバッグを2個入れて濃いめに出して、それから温めた牛乳を入れる。 甘くないのにコクがある、お手軽ミルクティー。 入れてくれるのはおきょんなのだが。
「うまっ。食べてみる? 」
「それ、手作りでしょ。 そんなのもらえないよ」
「んじゃ、こっち」
クラリネットパートのみんなからもらった、小粒でいろいろな種類が入ったアソートを差し出す。 ハート形のチョコを一粒つまみながら、おきょんが口を開いた。
「まさか、兄貴にそんな相手がいたなんてね」
「いや、俺ももらえるだなんて思ってなかったんだよ」
「でもこれって・・・なんでもない。 美咲さんって、もしかして初詣の時にお蕎麦屋さんであった人? 」
「そうそう、よく覚えてたな」
「あの大人しそうで眼鏡かけてた人だよね。 ふ~ん、あの人かぁ。 ま、兄貴の好きなタイプだよね」
ブラウニーを頬張っている俺を尻目に、ぶつぶつとおきょんが呟いていた。
(――なんで好みがバレてるんだ)
好きな相手を見透かされていることが妙に気恥ずかしく、返事をせずにもう一口ブラウニーを頬張った。
「美咲、ケーキありがと。 すっげーうまかった」
「食べてくれたんだ。 良かった」
翌日、教室で美咲を見つけて挨拶よりも先に昨日の感想を口にした。 自分の為に時間を割いて、用意してくれたのだ。 最初に感謝の気持ちを伝えたかった。
「めっちゃ嬉しかったよ。 バレンタインいい思い出なかったんだけど、おかげで上書きされた」
「何それ。 大げさだなぁ」
「それでさ、ちょっと話変わるんだけど、来月定演あるから、是非聞きに来てくんないかな」
「うん、もちろん。 いつ? 」
「13日。 これ、チケット」
「2枚? 」
「春山先輩にも、と思って」
このチケット、話は数日前に遡る。
ウチの高校の定演は、都心にあるシンフォニーホールで開催する。 やはり使用料がそれなりにかかってしまうため、一般の方からは入場料を五百円いただいている。
部員には、家族などに日頃の成果を見てもらおう、という名目で配布用のチケットが3枚渡されたのである。
我が家の場合、来られそうなのはおきょんくらいだし、残りの2枚で美咲たちに来てもらおうと思っていた。
実際のところ、春山先輩はOGだから多分いらないとは思うが。
「演奏会近いから、部活行ってるの? 」
「そうそう。 さすがに普段より短いけどな」
「テスト勉強、できてる? 」
「いや、正直あんまり。 でも、まぁ範囲は広くないしなんとかなるかな。 今回も勝負するんだろ? 」
「無理しなくていいよ、大変そうだもの」
「いいや、やろう。 勝ち逃げみたいでやだし」
「でも、前回のお願いって大地も聞いてくれてるし」
「んじゃ、今回が初戦な」
「そこまでいうなら。 あとで悔しがっても知らないんだからね」
そう言って、人差し指を立てて俺の二の腕を突く。 そんな何気ない触れ合いで、心臓はアッチェレランドがかかっているかのようにテンポを上げていく。
(――動揺させる作戦か?)
美咲を見遣ると、ふふっ、と穏やかに笑っていた。
美咲の作戦勝ちなのか、それともただの勉強不足か、結果は惨敗だった。 ただ、言い訳をさせてもらえるならば、俺の成績はあまり落ちていない。
いつものように山田、田中と掲示板を見に来たわけだが、俺は田中と同点で50位ちょうど。ほとんど変わっていない。 なお、山田は再び圏外に落ちていた。
これなら戦えると思って名前を探すも、一向に出てこない。上から見直したら、美咲は遥か上、15位にいたのだ。
「美咲、すげーな」
「ありがと。 今回は頑張っちゃった」
「いやいや参った。 今回の罰ゲームはなんだ? 」
「まだ、決めてないの。 また今度でいい? 」
「もちろん。 首を洗って待っているぞ」
「なんで罪人の心持ちなのよ」
「いや、なんせ前回がメンタルを随分と鍛えられるお題だったからな」
「ふふっ、それなら次はもっと鍛えないとね」
眼鏡の奥で小悪魔のような笑みを浮かべて、俺の頬をつんつんと2度つついた。
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