第37話 予定外の帰宅者

 結局、おきょんの強い要望もあって、美咲もウチで夕飯を食べて行くことなり、誕生日の夕ご飯は普段より少し賑やかになった。 俺の気持ちとしては、美咲がいてくれるんだったらそれだけで十分だ。


 おきょんは今日の夕飯に大好物のカレー、しかもカツカレーにしてくれたのだ。トンカツもカレーも単独で主役になれるメニューなのに、それを一緒に食べるなんて、なんという贅沢か。


 キッチンから漂ってくる匂いに、お腹が待ちくたびれたとばかりにぐぅ、文句を言う。 そんな時だった。


 ガチャ――と、玄関で解錠音が聞こえた。



「ただーいまーーっ! 」

「おわっ、びっくりしたぁ」

「ななな、なに!?」

「きゃっ」

「お母さまが大地のために帰ってきたわよー、ってあら?」

「あの、お邪魔してます――」

「あらあらあらあら〜、 これはまた可愛いお嬢様、いらっしゃい。 美咲ちゃん、よね? 」

「はい、ご不在の間にお邪魔して申し訳ありません」

「いいのいいの、堅っ苦しいこと言わないの。 ご飯食べてくんでしょ? おきょんちゃん、できる? 」

「もちろん、そのつもりで準備中。 けどお母さん、帰ってくることくらい言っといてよ」



 突然帰ってきたかと思えば、瞬く間にオカンの独擅場になっていた。 まったく母親という生き物は恐ろしい。

 こうして平穏な夕飯の時間は、昔話による公開処刑の時間へと変わった。


「大地って小学校のころから女の子怖がっててねー。 ガールフレンド連れてくる日が来るなんて思ってもみなかったわ」

「ちょっとオカンやめてくれ」

「え、女の子苦手なんですか。 だって吹奏楽部ですよね? 」

「それがね、昔バレンタインに恐い女の子集団に取り囲まれたことがあってねー。 それから、毎年バレンタインになると腹痛。 笑っちゃうでしょ? 」

「ひでえ。 それ言うなよ」

「あ、それであの時調子悪そうだったんだ」


 なんかもう完全に蚊帳の外である。 カツなしでカレーをおかわりして、食べ終えればもう腹はパンパンだ。

 女子トークに入ることもできずに手持ち無沙汰でいると、昔話が出てくる出てくる。

 一番恥ずかしかったのは、小学校の先生に間違って「お母さん」と言ってしまったのを、三者面談で暴露されたときの話だった。


「大地、あんたそろそろ美咲ちゃん送っていきなさいよ」

「えっ? もうそんな時間? 」


 気づけばもう20時を回っていた。 美咲がうちの家族に馴染みすぎてて時間のことをすっかり忘れていた。


「悪い、美咲。 遅くなっちゃったな」

「ううん、大丈夫。 でもそろそろお暇するね。 自転車だから送らなくて平気だよ」

「そういうわけにいくかよ。 送ってくよ。 俺も自転車だすから行こうぜ」



 そう言って立ち上がり、自室へコートを取りに向かう。



「また遊びに来てね。 アタシはあんまりいなくて申し訳ないけど」

「そうですよ、これに懲りずにまた来てください。 兄貴と二人だと息苦しくて死にそう」

「ふふ、またお邪魔させていただきます。 本日はありがとうございました」


 美咲も、帰り支度を済ませてたようで次の約束までしていた。 すっかり仲良くなったようで喜ばしいことだ。


 駅に向かって、二人で自転車を押しながら歩く。 美咲にはちゃんと話しておかないといけないことがある。


「美咲、プレゼントありがとう。 驚いたけど、本当に嬉しかった。 大事に使うよ」

「へへ、どういたしまして。 気に入ってくれたならあたしも嬉しい」


 にっこりと笑う美咲はとても眩しくて、思わず「好きだ」って言いそうになった。 違う、今じゃないんだ。 定演が終わったら、ちゃんと「美咲しか見てないんだ」と伝えたい。その約束を取り付けなければならない。


「来週なんだけどさ、14日の放課後時間くれない? 」

「いいけど、どうしたの? 」

「いや、ホワイトデーだしお返ししたいと思ってるんだけど、美咲に喜んでもらえそうなもの選べる自信なくてさ。 よかったら一緒に選びにいけないかな」

「別にお返しなんかしなくてもいいのに。 勝手に渡しただけだから」

「そんなわけにはいかないって。 もらって嬉しかったから、美咲にも喜んでもらいたいし」

「バレンタイン苦手なのに、ホントに嬉しかったの〜? でもそういうことなら、楽しみにしてるね」



 無事にアポを取れた頃合いで、美咲の住むマンションの前までやってきた。 まだ話していたいけれど、もう夜も遅くなってきたし、無理せずとも明日も会える。


「それじゃ、おやすみ」

「うん、もう遅いし、気をつけて帰ってね」

「おう、じゃーな」



 スマホを見ると、もう間も無く21時になろうとしていた。



 スマホのケースには、目新しいバスクラリネットのチャームと、革で編み込まれた世界に一つしかないストラップがぶら下がっていた。

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