第38話 開演!
シンフォニーホールの楽屋でチューニングをして、最後の準備を終える。開演まであと30分ちょっと。 すでに開場時刻を過ぎているため、客席にも人が入り始めている頃だろう。
ノッポたちと連れ立って、ステージ衣装のままロビーまでやってくると、そこには贈られたスタンド花が何点か飾られていた。 とりわけ大きかったのは、贈り主に4Seasonzとあるものであった。 以前コラボ企画でご一緒したから贈ってくれたのだろう。
入場口には十数メートルにわたって行列ができており、花束や差し入れと称したプレゼントを持っている人も多くいるようだ。
様子見を終えて楽器を手に裏手へ戻ってくると、ステージ衣装とは趣向の違う服装の人たちがスタンバイしていた。 ポップスステージで踊ったり、歌ったりする部員たちだ。 多くの観客の前でパフォーマンスするとあって、いささか緊張した面持ちに見える。
(よし、俺も頑張ろう)
司会用に用意されたやや大きめでハデな赤色をした蝶ネクタイをつけて、司会の原稿をおさらいする。
開演まであと5分といったところで、先生が集合をかけた。
「さあ、準備はいいか。 お金を払って聴きに来てくれているお客さんがたくさんいる。 そのことを忘れずに、最高の音楽を届けよう」
「はいっ」
ステージ裏なのでお客さんに聞こえないように小さな声で、でもしっかりとした返事をする。 俺も最高のパフォーマンスをしようと気を引き締めた。
佐藤先輩と並んでステージの下手にスタンバイしたとき、開演を知らせるブザーが鳴った。
(さぁ、行くぞ)
部員達がぞろぞろとステージに上がり、自分の席に着席していく。
俺と佐藤先輩は全員の着席を見届けて、みんなよりも一足遅れてステージに登った。 お客さんの入りはものすごく、ステージ上からは空席はほとんどなさそうに見える。
そして、スポットライトが二人だけを照らした。
「皆さんこんにちは」
「本日はお忙しい中、第31回定期演奏会へお越しくださいまして、誠にありがとうございます」
「私たちは、本日の司会を務めさせていただきます、トロンボーンパート2年の佐藤すみれと」
「クラリネットパート1年の菊野大地です。 本日はよろしくお願いいたします」
「まず始めの曲は――」
佐藤先輩の曲紹介のあとは、早歩きでバスクラのピアノ椅子をめざす。 バスクラの席はステージの上手側なので、他の楽器にぶつからないように気をつけながら行かなければならない。
佐藤先輩とほぼ同時に腰を下ろすと、先生が指揮棒を構えた。 白い軌跡が揺れるのと同時に最初の音楽がホールの中に響いた。
踊りもあれば、歌もある。 バンドのライブのように合いの手を客席に要求したりして、会場全体で盛り上がっていた。 アニメの音楽や最近流行りの曲も交えて5曲ほど演奏した後、俺は客席に向かった佐藤先輩にステージ上から呼びかけた。
「それではここで、客席に中継が繋がっております。 すみれせんぱーい」
「はーい、こちら客席です。 今から、お客さまにインタビューしてみたいと思います! ――あ、男性お二人組の方がいらっしゃいますね。 こんばんわ!」
「こんばんわ」
「今日はどちらからいらしたんですか? 」
「家からです」
「そりゃそうですよね」
佐藤先輩のツッコミに客席がドッと沸く。 若そうな雰囲気ではあるが、ステージ上からは遠すぎてどんな人がインタビューを受けているのかわからない。
「ここまでの感想を伺ってもよろしいですか? 」
「はい。 私あそこで司会やってる大地くんのクラスメイトなんですが、いつもよりカッコいいので誰だかわかりませんでした」
またしても客席が笑いに包まれる。
そして、はっきりとは見えないが、インタビューを受けているのが田中と山田であることも声でわかった。
(あいつら、来てくれたのか)
「司会のクラスメイトさんだったんですね。 ではもう一人のお兄さん、演奏の方はいかがですか? 」
「いやー、懐かしい曲がいっぱいあって若い頃を思い出しますねぇ」
「あなた、私より年下ですよね」
漫才でもやっているかのような掛け合いに、客席のボルテージは上がりっ放しだ。
「お二方、ありがとうございました! ちなみに、仕込みじゃありませんよ! それでは、スタジオにお返ししまーす」
「すみれ先輩ありがとうございました。 まるで漫才みたいでしたね。 それでは、ポップスステージ最後の曲です。 曲目は『懐かしの名曲メドレー』です。 客席のお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんも口ずさみながら楽しんでください! 」
昭和から平成にかけての名曲をメドレーで演奏するこの曲では、指揮者の先生もワンフレーズ歌ってもらった。 名曲メドレーのお祭り騒ぎを最後に、第1部のポップスステージは幕を閉じた。
今のところお客さんも盛り上がってくれて、上々の出来といえよう。 個人的には盛り上がらなかったらやらされそうだった『すみれちゃん、僕の音楽を受け取って』をやらずに済んだのでホッとしていた。
ちなみに、司会をしながら客席に美咲がいないか探してはいたのだが、1500人クラスのホールでは見つけるのはなかなかに難しい。
「これより、15分の休憩に入ります。 第2部は、18時から開始となります」
場内アナウンスを合図に客席が明るくなった。 部員たちは、第2部の衣装に着替えなければならない。15分とは案外短い。
楽屋になっている控え室に戻り、大急ぎで着替える。 こういう時、場所を選ばない男は楽だ。
関東大会でも身につけた群青色のジャケットにアイボリーのパンツ。 あの時とは違うメンバーだけど、これからまたあのコンクールの曲を演奏するのか。
ステージ裏に戻って少し感傷的になっているところに、第2部開演5分前を知らせるブザーが鳴った。
最後に司会の台本が書かれたメモに目を通そうと、ブレザーの内ポケットを探るが――。
(しまった! メモ、あっちの衣装の中だ!)
当然取りに戻っているヒマなどあるわけもなく、第2部の司会はメモなしで臨むことになったのだった。
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