第28話 誤解とすれ違い

「この後はどうするの? 」

「うちに帰ってメシ、と言いたいところだけど、誰もいないから食べて帰ることにすっかな」

「それなら、一緒に食べよ?」

「え、いいのか? 」

「うん。 うちもお姉ちゃんは彼氏さんとデートだし、お母さんは仕事で遅いし、一緒だと嬉しいな」




 クリスマスの延長戦が決まったので、舞い上がってしまった。 駅ビルのレストラン街をのぞいたりもしたが、混雑が凄まじく店には行列ができている。 行列がないお店には『本日はご予約のお客様のみのご案内』ということで、待つことさえ叶わない。


「ものすごい混みようだね」

「こりゃ外食は無理か? どうする? 」

「地下で買って帰って、お家でご飯にするとか? 」

「美咲がいいなら、俺はなんでもいいぞ」

「うん。それじゃ、地下に行こ」


 そう言って、美咲は腕を絡ませてエレベーターに向かう。


(なんか積極的だな。 浮かれてるのか? )



 今までにあまり見せない雰囲気に少し戸惑いつつも、いわゆるデパ地下の惣菜売り場にやってきた。

 ここの混雑も凄まじかったが、クリスマスディナーと称したチキンやローストビーフが並んでいた。


 買うものを買って雑踏からさっさと引き上げようとしたら、好きなケーキ屋さんが目に入った。 あそこのチョコレートケーキは絶品なのだ。 こんなところに入ってたっけ?と思案していると、目の前に美咲の顔が現れた。


「どうしたの?」

「あ、いや、あそこのチョコレートケーキ好きなんだ」

「へぇ、美味しいの? 」

「おう、クリームもスポンジも絶品」

「それじゃ、ケーキも買って帰ろ♪ 」


 メインディッシュとケーキを買って、美咲の家に向かう。 そこかしこにあるイルミネーションをみながら歩いていると、あっという間にマンションのエントランスに来ていた。 駅近で羨ましい。







「サラダとスープがあればいいかな? 」


 先日と同じエメラルドグリーンのエプロンを身につけてキッチンに入っていった。 すると、目の端に雑誌が映った。 週刊誌のようだが――。


 手にとってパラパラと眺めていると、グラビアページが出てきて手が止まる。

 紙面ではよく知った顔が制服姿で笑っていた。 今回のグラビアは4人ではなく、岬千春単独での登場だった。


 やはり岬の笑顔は、本当に可愛かった。 水族館へ一緒に行った時のことを否が応でも思い出す。 こんな子とデートしたなんて誰が信じてくれるだろうか。

 


「大地って、本当に岬千春が好きだよね」

「え、あ、いやごめん」



 いつの間にか背後に来ていた美咲に声をかけられる。 気分を害してしまったんじゃないかとハラハラしたが、そんな素ぶりはみられなかった。


 さっき買ってきたローストビーフも大判の皿に盛られて彩られている。 雑誌に夢中になっているうちに、テーブルの上がきらびやかなクリスマスディナーになっていた。


「おまたせ。 さ、食べよう? 」

「おおーっ、すっげー! 」



 ボキャブラリーが貧弱で、小学生並みの感想になってしまったが、感動は本物だ。

 一人でわびしく食べる夜になるはずだったことを思えば、好き――だと思う女の子と、その子の家で二人きりで食事なんて、なんて幸せなことか。



「いただきまーす」

「いただきます」



 クリスマスディナーの時間は、それはもう楽しかった。 互いに気を遣わず、とりとめもない話で笑い、本当の恋人同士なったんじゃないかと錯覚した。


 美咲は俺のことどう思ってるんだろうか。 好き、なのかもしれないし、ただの無害な男友達と思ってるのかもしれない。 少なくとも嫌われてはいないだろうけれど。


 




 ケーキも食べ、もう食べきれなくなったころで、意を決して聞いてみた、だいぶ遠回しで。



「美咲ってどんな男が好きなんだ? 」

「アイドルの追っかけには教えてあげません。 あたしなんかに興味ないでしょ」

「興味なかったら聞かないし」

「それなら、先に質問ね。 あたしと岬千春が二人とも大地が好きだって言ったらどっちと付き合う? 」

「えっ!? えっと――」



(美咲だ、って答えたら、告白してるようなものじゃないか――)



 返事を言いあぐねていると、先に美咲の口から言葉が発せられた。



「ほら、答えられないじゃない。 あたしのことなんて見てないんでしょ」

「いやいや、ちょっと待って、違うんだ。 俺は、美咲から好きだって言ってもらえるなら喜んで付き合うよ」


 拗ねたように突き放す言葉を放つ美咲に、慌てて本音が出る。 しかし、美咲には届かなかった。


「そんなフォローいらないよ。 結局大地はアイドルの岬千春が好きなんだよ。 無責任なこと言わないで」

「そりゃ好きだけど、本気で付き合えるとか思ってるわけじゃなくて」

「ねぇ――あたしのことは見てくれないの? 」


 最後まで言わせてもらえなかった。 遮るように呟いた美咲の言葉が胸に突き刺さる。


 そこにあるのは、痛みに耐えているのを隠すような笑顔で――。


 俺は言葉を紡げなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る