第29話 花婿修行?
学校はすでに冬休みに入っていたため、クリスマスの一件以降、美咲と顔をあわせることはなかった。 そして、岬ともメッセをやりとりする気になれず、こちらから送ってはいないし、送られてくることもなかった。
街はクリスマスからお正月へと模様替えして忙しなくしているはずだ。 俺は重苦しい気分を引きずったまま、今年最後の部活に顔を出そうと駅に向かった。
部室につながる廊下まで来ると、普段よりも浮き足立った雰囲気が漂っている。「うす」とだけ言って中に入ると、そこには引退した3年生が何人か来ていて、部員たちに囲まれていた。
「あ、菊野君久しぶり! 」
「春山先輩に太田先輩、お久しぶりです」
「ウチに来て以来? 」
「なに、美桜ってば浮気!? 」
「違うって、妹の――彼氏? 」
「――違いますよ。 楽器出しに行ってきます」
随分と動揺が顔に出ていたんだろうか。 倉庫まで後ろからついてきた春山先輩に声をかけられた。
「やっぱり美咲となんかあった? あの子最近元気ないし体調まで崩しちゃって」
「いや、まぁちょっと――。 先輩には敵いませんね」
「話してみてよ。 美咲のことも気がかりだし」
部活に入ったばかりの時もそうだった。 春山先輩は心のもやもやに敏感に気がついて、でも強引じゃなく話を聞いてくれる。 美咲にもそんなところがあるよな、と頭の端をかすめた。
それじゃ、と俺はぽつりぽつりと話し始める。
――岬千春と何度かデートに行ったこと。
――春山美咲も岬千春も女性として好きなこと。
――美咲の柔らかな雰囲気や笑顔が好きで、守りたいと思っていること。
――美咲にうまく伝えられずに、傷つけてしまったこと。
妹を天秤にかけるようなことを春山先輩に相談するのは申し訳ないんですが、と自虐的に笑う。 しかし、春山先輩は責めるようなことはなく、優しい笑顔でうなずいてくれた。
「なるほどね。 菊野君、案外見る目あるじゃない。 なんとかしてあげたいところだけど、菊野君がきちんと答えを出すほかなさそうね」
「はい、それはわかってるつもりです。 ただ、美咲に申し訳ないな、と」
「そっか。 美咲に何か伝えることある? 」
「いえ。 ちゃんと気持ちを整理して、改めて自分から話します」
うん、それがいいね、と言って春山先輩は部室に戻っていった。 改めて口にしたことを振り返れば、出さなければならない答えはもう決まっているような気がした。
部活を終えて家に帰れば、オカンによる家事の特訓が待っていた。 料理だけでなく、洗濯、掃除、ゴミ出しに新聞屋の応対、買い物、保護者会、それからそれから――。
これならテスト勉強の方が簡単じゃないかというくらい覚えることが山積みだった。 オカンは日頃からこれを一人でこなしているんだから頭が下がる。
今日は和食。 そんな一朝一夕でできるようになるわけないだろ、と思いつつもオカンの指導のもと作ってみる。 するとあら意外、美味しいサバの味噌煮が出来てしまった。
材料はネットで調べればいくらでも出てくるから、それがきちんと読めて、火加減に気をつければなんとかなるらしい。
夕食のあと『明日は朝から洗濯と掃除ね』と予告されたが、料理のおかげで家事も面白いと思い始めていた。
――前言撤回。 もう無理。
部活とかやっていたら、掃除とか洗濯まで手が回らない。 いつもやってる春山姉妹への尊敬の念が溢れかえる。 それでいてあんなにも気遣いができるなんて、まるで女神のようだ。
洗濯物は溜まるし、部屋は汚くなる。 おきょんとうまく分担しながらやるしかないのか。 むしろ、洗濯はお願いして掃除を頑張る方が良さそうだ。
「あんたね、こんなこともできないようじゃお父さんと変わらないよ」
「むっ、誰ができないと言った。 俺はまだ本気を見せていない」
反骨心だけで自分を奮い立たせる。
掃除は、大掃除を兼ねているから、これだけやっておけばしばらくは大丈夫だろう。 キッチンとトイレの掃除はなんとなく覚えた――俺の基準では。
結局、年末は大掃除と家事を覚えるので精一杯で、気がついたら年末恒例の歌番組の時間が迫っていた。 この1週間は目が回るような忙しさだった。 もちろん慣れていないせいで、何をするにもいっぱいいっぱいだったためだ。
おかげで余計なことを考える時間もなかった。今日の夕食やおせちはオカンが作ってくれたので、ようやく落ち着くことができた。
今年はいろんなことがある年だった。 受験が終わって、入学して、部活に入って、コンクールで悔しい思いをして。 思えばあの後からだったな、美咲と仲良くなったのも、岬に出会ったのも。
今年一年を振り返っていたら、うたた寝していたみたいで、テレビでは男性のアイドルグループがドームで歌を歌っていた。 眠さを我慢できず、おやすみ、と言い残して自室へ帰る。
部屋に帰る間に0時を回ったのか、スマホが何回かブルっと震えていた。 画面の通知を見ると、そのほとんどは田中や山田あたりのクラスメイトや部活の連中からのメッセだった。
『あけおめ』の4文字送るぐらいだったら送らんでも変わらんだろうが、と思っていたら、『春山美咲』の文字が飛び込んできた。
心臓の鼓動が一気に速くなる。
『あけましておめでとう。 今年も、今までどおり仲良くしてね』
その文字を見た直後、俺は通話ボタンに手をかけていた。
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