第30話 ドッキリのような出会い


「ごめん、突然電話で」

「ううん、大丈夫」

「あけましておめでとう。 今年も、その、よろしく」

「あけましておめでとうございます。 こちらこそよろしくね」

「――ごめん、なかなか連絡できなくって」

「大地ってば、新年から謝ってばっかり 」

「悪い。 ・・・ってまた謝っちった」

「ちょっと――避けられてるのかな、って思っちゃった」

「違う、避けてるつもりなんてないんだけど、きっかけ掴めなくって」

「そうだったの? 待ちくたびれて泣いちゃったよ」

「えっ、あ、その、ごめん」


 電話口の向こうでくすくすと笑い声が聞こえる。


「ふふ、冗談だよ。 良かった、また大地とお話できて」











 我が家の初詣は、いつも2日だ。 行き先は駅の北口から20分ほど歩いた先にある、小高い丘の上にある神社。 この神社は、縁結びにご利益があるといわれ、雑誌で紹介された数年前から女性の参拝客が急増した。


 参道に到着すると、かなりの行列で先頭が全く見えなかった。 これはしばらくかかるだろうと、行列に並びながらスマホをいじっていると、僅かにフルートの音色のような声がわずかに聞こえた。


「あっ、大地」


 反射的に顔を上げる。 この声を聞き間違えるわけがない。 しかし、辺りを見回してもその姿は見えない。もう少し身長があれば人混みでも見えただろうに。




 久しぶりに声を聞いたのが新年早々に電話した時。 夜も遅かったし、長くは話さなかった。

 それでも、久しぶりに声を聞いただけで嬉しくなってしまい、落ち着いて寝るのに時間がかかってしまった。


 もし会えたらクリスマス以来だ。 そう、あのクリスマス以来。 まだどのように伝えるのか、踏ん切りはつかないのだけど、会いたい、話したい。


 しかしそんな希望も虚しく、列は前に進んでいく。 同じ列にいるのではなく、参拝を終えた方の流れにいたんだろうか。


 声の主を探すのを諦め、前を向く。 おきょんは隣で俺を不思議そうに見ていた。


「なんかいたの? 」

「ちょっと知り合いに呼ばれた気がしてな」

「なに、それちょっと怖い。 神さまに話しかけられた? 」

「いやいや、だから知り合いの声って言ったろ」

「神さまに知り合いいるの!? 」

「なんでそうなる! 」


 アホな会話に少し和む。 もう間もなくやってくる最前列の儀礼に備えて小銭を用意しなければならない。


 最前列に来た俺は、腰を2度折ってから小気味よい破裂音を2度鳴らし、目を閉じた。



(今年も平和に過ごせますように)

(二人暮らしが無事に過ごせますように)

(美咲と――もっと仲良くなれますように)

(岬も、仲のいい友達でいられたらいいな)



 雑念が入ってしまって慌てて顔を上げる。 両親におきょんはもういなかった。 焦って最後に一礼をして、帰りの列に合流する。


 参拝を終えたら、お守りを授かって、おみくじ引いて、お蕎麦食べる、これが菊野家流参拝なのである。

 いつもの学業お守りを手に、おみくじの列に並ぶ。 さて、今年の運勢やいかに!


『第二十二番 吉

 ...

 勉学 精魂尽くして勉学に励むべし 伸びる

 ...

 恋愛 脇見をすると破滅する 一途に愛せよ

 ... 』


 やはり神様は見ておられるようだ。 違うんです、神様。 基本的には美咲が好きなんです。 岬は、可愛くてずっと見ていたいだけなんです。


 これでは破滅への第一歩だな、なんて思いながら蕎麦屋の暖簾をくぐる。 順番待ちの列ができていたが、さほど待つことなく、空いたテーブルへ通された。 なんてことはない、家族の食事の場面になるはずだった。




「あれ、菊野君じゃん」


 その呼びかけに振り向くと、先程見つからなかった声の主と、その姉、それに綺麗な40手前くらいに見える女の人の三人がいた。 おそらく二人のお母さんなんだろう。


「あっ、美咲! あけましておめでとう」

「あけましておめでとう、大地」


 待ち焦がれていた笑顔を向けられて、身体中の毛が逆立つような感覚になる。



「ちょっと、私もいるんですけど」

「あ、先輩もあけましておめでとうございます」

「あなたが菊野くんね、はじめまして。 美桜と美咲の母です」

「はじめまして、菊野大地です。 美咲さんと、先輩にはいつもお世話になってます」


 そこまで挨拶すると、顔見知りであることを察したウチの両親も、いつも息子がお世話になっております、と挨拶をし始める。 なんだかむず痒くて居心地が悪かったが、互いの挨拶を終えれば、堅苦しい雰囲気はあっさりと霧散した。



「さっき、参拝の列のとき、呼んだ? 」

「呼んだつもりはなかったんだけど、見つけたときに呟いちゃって」

「やっぱりそうだったか」

「すごいキョロキョロしてたよね、大地」


 だって美咲の声が聞こえたから、と答える俺を見て、美咲はくすくすと笑っていた。 この柔らかな笑顔がまた見られて良かった、と安堵する。


 春山さん一家はもう食事を終えるところだったらしく、お母さんが伝票を持って立ち上がった。 失礼します、と微笑んで会計に向かう。


 「また学校でね」


 そう言って小さく手を振ってお母さんについて行く美咲に、ウインクしながらそれに続く春山先輩。 誰かに仕掛けられたドッキリのような出会いは、ここで幕を閉じた。





「どっちの子がお目当てなの? 」


 とろろ蕎麦にもかかわらず、喉につまるかと思った。 我が母の観察眼は侮りがたい。 それとも俺がわかりやすいだけなのだろうか。


「別にそんなんじゃねーよ」

「眼鏡の子でしょ。 あんた勝気な女の子苦手だもんね」

「んぐぐ」

「兄貴、両方とも知り合いなの? すごい綺麗な家族だったねー」

「お姉さんの方は部活の先輩、妹の方はクラスが同じなんだよ」


 親父は、旦那さんが羨ましい、などど不謹慎なことを呟いていた。



(故人だよ、まったく)

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