第31話 解けない誤解と溶けない雪

 新年の挨拶をしつつ教室に入ると、年末と変わりない風景が出迎えてくれた。 違うのは、とてつもなく低い今日の気温と、隣の席に座る少女への、自分の気持ちを自覚したことだろうか。


「おはよ、美咲」

「大地、おはよう」

「あけおめー」

「お、矢口、あけましておめでとさん」

「あんた達、まだ名前呼び続けてんの? それに新年の挨拶じゃないし」


(げっ、そうだった。 コイツなんでこんなに鋭いんだ)


 半年前の俺なら「俺の嫁だし」くらいの軽口が叩けたんだろうが、最近は恥ずかしさが優って自爆すること間違いなしだ。 美咲がまたなんとかしてくれるだろうと思って口を出すのをやめた。


「は、初詣に行ったときに会ったから――。 名前はなんとなく癖になっちゃって、ね? 」


(こっち振るなよ! つーか、誤解をより深くしてねーか)


 慌てたような素振りでこちらに振る。 今日の美咲は喋るとドツボにハマるパターンのようだ。


「やっぱあんた達も付き合ってたのか。 実はさ、私も山田と付き合うことになってさー」

「マジか! あいつなんも言ってなかったぞ」

「そうなの!? 友紀良かったね」

「へっへーん。 ありがと美咲〜」


 矢口からのビッグニュースに驚いていたら、「付き合ってない」と誤解を解く前にもう一人のニュースの主役がやってきた。


「あけおめー」

「おめでとさん。 あとカノジョから報告受けたぞ。 そっちもおめでとう」

「友紀お前もう話したのかよ」

「だってー。 美咲には早く知らせたかったんだもん」


 仲よさげに話す二人を見て、美咲は嬉しそうに微笑んでいた。 羨んでいるように見えたのは俺の勘違いだろうか。





 始業式が終わってしまえば、今日はすぐに放課後だ。 重たい思いをして楽器を持って帰っていたから、練習自体は久しぶりではないが、部室は久しぶりだ。 今日は合奏はないものの、3月の定期演奏会、いわゆる定演に向けての説明や曲目の連絡、譜面の配布なんかがあるらしい。


 この後練習か、なんて思っていたのだが、天気予報のお姉さんが言っていたよりも早く、そして強く雪が降ってきていた。 そのため、早く帰れるよう今日の練習は中止となったのだ。

 スマホで天気予報を見ると、しばらくは雪を降らせ続けることが表示されている。 続いて電車の運行情報を見るも、そこには『雪によるポイント故障で運転見合わせ』という残念なお知らせしか表示されていなかった。


 部室は施錠するということで、呆然としつつ仕方なしに教室に戻る。 教室には、クラスメイトがまだ数人残っていて、美咲もその一人だった。


「あ、大地、もう部活終わりなの? 」

「あれ、美咲まだいたのか。 この雪だし譜面だけ配られて終わりになった」

「そうだよね。 思ったより酷いみたい。 電車も止まっちゃったし」

「美咲はどうすんの? 」

「お母さんが車で迎えに来てくれることになったの。 そうだ、大地も一緒にどう? 」

「マジ!? どうしようか途方に暮れてたんだよ」

「お姉ちゃんの課外講習がもうすぐ終わるから、そしたら一緒に乗りなよ。 もう少し待っててくれる? 」

「待つ、待つ、全然待つ」




 車に乗せてくれるという最高の申し出に、女神様と崇めたくなった。 待つ時間を使って譜面を整理しながら美咲と談笑していると、教室の扉がからからからと静かに開かれた。


「美咲、お待たせ。 ・・・あら、お邪魔だったかしら? 」

「ちょっとお姉ちゃん! 大地も電車止まって困ってるから、一緒に乗ってもらおうと思って」

「そうね、確かに。 はーあ、こんな日くらい課外やめにしてくれればいいのに」

「お疲れ様です、先輩。 受験ですもんね」

「あー、菊野君。 全くよ、肩凝っちゃって。 美咲、お母さんまだ? 」

「んっと、いま着いたって」

「よし、行こっ」



 三人で連れ立って靴を履き替えて校門に向かう。 雪はすでに15cmほど積もっている。

 校門を出ると、外車の白いセダンが止まっているが、それ以外に車は見当たらない。 どこか近くに駐車して待っているんだろうか。


「お母さん、お待たせ」


 春山先輩は、車の助手席の窓をコンコンと鳴らしながら話しかけた。


(これ、美咲んちの車かよ!? )


「菊野君も乗っけてってもらえる? ――うん、同じ駅。 ――じゃ、美咲と菊野君は後ろね」


 そう言って、春山先輩は助手席に乗り込んだ。 俺は美咲に続いて後ろの席に乗り込む。


「失礼します。 すみません、突然。 ご一緒させていただいてありがとうございます」

「大地君、こないだ振りね。 こんな時だもの、気にしないでいいのよ」

「ありがとうございます」

「それで、おうちどこかしら? 」

「あ、いや、駅に下ろしていただければ」

「いいからいいから、こんな雪じゃ駅からも大変だし」

「すみません。 駅からまっすぐ南に降りてきて、国道とぶつかる手前あたりです」

「オッケー、それじゃ行くよ」


 雪道を臆することもなく運転するお母さん、美晴さんとおっしゃるそうだ。 お休みだったのか、先日よりもすこし緩い感じの雰囲気だ。


「どっちから告白したの? 」

「ちょっとお母さん!? 」

「なによう、彼氏のことくらい聞いたっていいでしょ」

「よくないっ」

「顔真っ赤にしちゃって。 どうなの? 大地君」

「えと、いや、まだ付き合ってるわけじゃなくて、ですね」

「ふ〜ん? 」


 ルームミラー越しに見える美晴さんの目線にたじろぐ。 しばらく無言だったが、美晴さんが思いついたように春山先輩に話しかけた。


「ねぇ、美桜。――知ってるの?」

「知らない、はず」

「そう」


 前方で交わされる会話の意味は良く分からなかったが、美晴さんの横顔からは口角が上がっているのが見て取れた。 俺は完全アウェーだから緊張していたが、美咲もなぜか緊張の面持ちだった。





「あ、そのコンビニを左折したところです」

「承知!」


 30分ほど車に揺られていると、よく見知った景色が流れてきた。国道から一本入って、住宅街を進む。 車の台数も少ないせいか、轍があまりはっきりとしていない。


 程なくして、家の前に差し掛かる。 ここです、と美晴さんに声をかけ車を止めてもらう。


「本当にありがとうございました。 両親が不在なものでご挨拶もできずにすみません」

「あらあら、いいのよ。 ウチにも遊びに来てちょうだいね」

「ありがとうございます」


 美咲が窓越しに小さく手を振る。 俺は返事をするように手を振り返して、車が駅の方に向かうのを見送っていた。

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