第27話 大地の怒り
「君たちは、お互いをとても理解しあってるんだね」
用意してもらった軽食をつまんでいると、誠司さんに声をかけられた。 その柔らかい物腰は、大学生だからなのか昔から身についていたものなのか聞きたくなる。
「そんな風に、見えましたか」
「うん。 大切に思っているんだなって感じたよ」
「――そうですか。なんだか恥ずかしいですね」
「恥ずかしがることないさ。 大地くんも安い挑発に乗らないし、美咲ちゃんはいい男捕まえたな」
美咲のことを『美咲ちゃん』と呼んだ誠司さんは、どうやら良い印象をもってくれたようだ。
「――実は、美咲とは付き合っているわけではないんです」
「うん、唯ちゃんから聞いていたよ。 でも、クリスマスを共に過ごすような仲なんだろ。 形にこだわる必要はないさ」
「そうですかね。 確かに大切な人の一人には違いないですね」
誠司さんの包み込むような穏やかな雰囲気に、思っていることを自然と口にしてしまう。 北条が慕うのもよくわかるし、こんな人がそばにいたら同世代の男なんて幼稚に思えてくるだろう。
せっかくのこの心地よく流れる空気に淀みをもたらしたのは、性格に難ありの残念イケメンだった。
「よう、おめーの彼女、地味で残念な女だなぁ。 せっかく女ばっかの部活入ったのに、もっと良い女いなかったのか? 」
――カチンときた。 さっき美咲が怒った気持ちが存分にわかった。
(あいつのふんわりした雰囲気だったり、イタズラっぽいお茶目なところがあったり、料理上手でグリーンのエプロンがよく似合っていたりーー。 美咲の素敵なところ何も知らないくせに!)
怒りに任せて残念イケメンを睨みつける。
「あん? なんだお前、やんのか? 」
やってやりたいのは山々だが、ここで他校の生徒とケンカなんかしたことが明るみに出れば北条や美咲、部活にだって迷惑をかける。 ぐっと堪えて、無視を決め込むことにする。
「へっ、ヘタレが」
(――なんとでも言いやがれ)
なんと罵られようとも手を出したら負けだ。 イライラをぶつける場所もなく、手近にあったジュースを一気に流し込む。
様子がおかしいことに気づいたのか、美咲と北条がこちらへやってきた。美咲は、柔らかな笑顔を浮かべながら疑問を口にした。
「大地、どしたの? 大丈夫? 」
「ん? 別になんもねーぞ」
怒りを紛らわせるように、ぶっきらぼうに答える。
北条は誠司さんと話していて内容は聞こえなかったが、誠司さんは苦笑いを浮かべていた。
一悶着あったあとは、普通に食事をしたりゲーム機でできるカラオケなんかをしたりして、なんとか楽しむことができた。
特にババ抜きをやっていたときは、俺と性悪イケメンが最下位争いになり、互いに本気のにらみ合いをしていた。 俺の勝ちだったが。
最終的にはゲームしたりして少し素性がわかったところもある。 他人を貶すことでマウントをとって、優位に立ちたい性分なんだろう。
夜は恋人同士で過ごすこともあろうということで、夕食前にはお開きの予定にしていた。 その予定どおり17時過ぎに解散となった。
レナとアカネ、それに性悪さんはバスで駅に向かうそうだ。 俺もバスで帰るつもりだったのだが、美咲に「歩いて帰りたい」と言われて予定を変えた。
(ICカードの残高不足か? 誰かさんみたいに。)
「誠司さんから、聞いたよ」
「なんの話かな? 」
「わかってるくせに。 ごめんね、気分悪くさせちゃったよね」
「いやいや、美咲が謝ることじゃないし。 でも、美咲が怒った時の気持ちもわかったよ。 正直、もう性悪イケメンは勘弁だな」
性悪イケメンって褒めてるのか貶してるのかわかんない、と言って美咲はくすくす笑った。
「じゃ、ありがとう。あたしのために怒ってくれて」
(――その顔は反則だ)
おう、とだけ答えて目を逸らす。 どこか儚げなその姿を直視できなかった。 俺がさっき言ったことをそのまま返された。
バスで来た距離を歩くとなるとそれなりに距離があったが、30分近く歩いたところでようやく駅が見えてきた。
クリスマスに一緒にいられたのももう終わりかと思うと、駅がもう少し遠ければいいのにと理不尽な願いを持ってしまった。
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