after story 最終話 卒業
十月に開催された全国大会の後は、怒涛のような日々だった。 引退コンサートがあって、推薦入試に必要な小論文と面接の練習。 そして万が一に備えた受験勉強。
結果的には推薦入試で合格をもらえたから、最後の方はそこまで受験勉強に追われずに済んだのは本当にありがたい。 もちろん、美咲も一緒だ。
ただ、受験勉強に費やす時間が空いた美咲は、いままでにも増してテレビやイベントに引っ張りだこだった。 一緒に過ごせる時間は思いの外多くなかったというのが正直な感想だ。
そして迎えた卒業式、いよいよ高校生活最後の日となった。 駅で待ち合わせた美咲と一緒に改札を通り抜けた。
「行こっか。 最後の高校に」
「そうだな。 つっても俺は追いコンあるから明日も行くけどな」
「あ、そうか。 追い出しコンサート、だっけ? 」
「そうそう。 コンサートって言っても、部室でいろんな曲を合奏するだけなんだけどな」
「全国大会の時の曲も? 」
「そりゃそうだ」
「部活かぁ。 あたしも何かやっておけば良かったかなぁ」
「美咲は仕事でそれどころじゃなかっただろ? 」
「そうなんだけどね。 でも大地みたいにみんなで一つの目標に向かって頑張る、みたいのはなかったからさ」
美咲はそう言うが、アイドルとして活動していることの方が、全国大会よりもはるかに難しいことなんじゃないだろうか。 何しろ仕事としてお金が動く世界、背負う責任も大きいことだろう。
だからこそ、俺は美咲の隣に並び立つために努力を欠かさないことを誓ったんだ。
卒業式なんてものは別に卒業生に用意されたものではないだろう。 ただ、卒業証書をもらうのは重要であるし、こうしてクラスメイトと毎日のように顔を合わせてバカな話に花を咲かせることがなくなると思うと寂しいが。
「なぁ大地、打ち上げ行くだろ? 」
「どこでやるんだ? 」
「駅前にあるカラオケのパーティルーム予約してある。 って言わなかったっけ? 」
「聞いてねえよ。 お前、みんなに連絡した? 」
「したした……したっけ? ヤベっ、忘れてた! 」
田中はスマホをポケットから取り出すと、スラスラと画面に指を滑らせている。 程なくして俺のスマホがブブっと揺れた。
そういや俺の返事の声が、スマホのバイブの音みたいだって美咲に言われたことがあったな。 そんなことを思い出しながら、矢口とのおしゃべりに夢中になっている美咲へのメッセを用意した。
『打ち上げ、待ち合わせて一緒に行こうな』
卒業式、卒業生代表は三年で同じクラスになった北条唯香だった。 理由は言うまでもないだろう。 一度も学年一位の座を譲ることがなかったのだから。
俺と美咲もお互いに苦手なところを教え合いながら成績を伸ばしていった。おかげで、学年順位は一桁から落ちることはなかった。 ただ、どうしても北条を含めたトップ3の牙城を崩すところまではいかなかった。
卒業証書が入った筒を携えて、青春の象徴である部室に入った。何ヶ月ぶりかに入った部室の匂いは相変わらずで、コンクールに向けて猛練習に励んだ日々を思い出す。
「あっ、菊野先輩! 」
「おう、元気にやってるか? 」
「卒業おめでとうございまーす」
わらわらと集まってきた後輩にあっという間に囲まれてしまった。 どうやら他の三年は来ていないらしい。 どうせ明日も来ることになるからだろうか。
部室で後輩たちに囲まれていると、顧問であり、三年時の担任でもあった島西先生がやってきた。
「菊野か、卒業おめでとう」
「ありがとうございます。 三年間、大変お世話になりました」
「お前は推薦組だったな。 情報系だっけ? 」
「そうです。 音楽でプロの道は流石に厳しいですし」
「職業演奏家、はな。 大学でしっかり勉強することだ。 高校の成績なんてあてにならんぞ」
「肝に銘じておきます。 頑張らなきゃならない理由もありますから」
「そうだったな。 教職とかは考えてないのか? 」
「教えるの苦手なんですよね。 よく彼女に怒られます」
「はっはっは。 部内では敵なしのお前も彼女には弱いってか」
「勘弁してくださいよ」
「菊野なら俺の後継者として顧問兼指揮者に適任だと思ったんだがな」
「先生の後継者だなんて恐れ多いですよ。 あ、もう時間なのでそろそろ行きますね。 また、明日来ます」
「おう、卒業したからってハメはずしすぎるなよ」
「わかってますって」
制服のまま打ち上げには行けないから、家に帰って大急ぎで着替えてまた駅に向かった。
そこで待っていたのは、美咲の歓迎ではなく叱責だった。 ただ、顔は笑っている。
「大地が打ち上げの返事してないから、仕事のこと二人に話しそびれちゃったじゃん」
「そういや返事してなかったな。 でもそれと何の関係があるんだ? 」
「その連絡があたしに来たせいで話すきっかけを逃したんだよ。 大地のせいなんだからね! 」
「すまんこってす」
「ぶー」
「よしよし」
「許す」
ぶーたれてはいるが、本気で怒っているわけではない。 ただ甘えてるだけだから、頭を撫でてあげればご機嫌は直る。
「これで最後だし、みんなに暴露して終わろうかな」
「SHUN-KAのこと? 」
「そ。 みんなあたしのこと付き合いの悪い人、くらいにしか思ってないだろうからさ」
「騒ぎにならないか? 」
「大丈夫。 大地が隣にいてくれれば」
心配といえば心配だが、まあ仮にもクラスメイトなんだし、殺到して怪我をさせられるとかそういう危ない目に遭う心配はいらないだろう。 どちらかと言えば、不用意に撮られた写真がネットにばら撒かれるとかそういう方が怖い。 この辺りは、美咲が打ち明けるんだとすれば注意しておかなければならないだろう。
田中の号令で卒業式の打ち上げが始まった。
同じ高校に三年も通っていれば話題が尽きることなどない。 一年のころの話に始まって、文化祭やら修学旅行やらの思い出話が次々と出てくる。 そんな時だった。
「ええええええぇぇぇーーーっ!!? 」
「ちょっと友紀声大きいっ」
矢口の大声でみんなの注意が一斉に美咲たち三人組に向いた。 美咲に口を押さえられて、矢口はもごもごとしている。
――ああ、話したのか。 俺も初めて聞いた時は信じられなかった。 何度か会っていたアイドルの岬千春が、隣の席にいた春山美咲だったなんて。
「あはは。 お騒がせしました……」
事情を知らないみんなは、またそれぞれの話題を取り戻していった。 これから、またみんなが驚くことになるんだろうけどな。
それから1時間ほど経っただろうか。 発起人である田中が思いついたように声を上げた。
「せっかくカラオケなのに全く歌わないのもつまんなくね? 」
「そうか? 」
「そうだよ。 せっかくだから、全員歌わせようぜ」
「じゃ、言い出しっぺがトップバッターな」
「そう来たか」
マイクを片手に10cmほどの小上がりになったステージにたった田中は、リモコンを操作して急に歌い出した。
前置きなしかよ。
「じゃあ、順番に回してくから全員歌えよな。 1番だけな。 あと、最後に一言いうんだぞ。 はい、大地」
田中の野郎は、俺にマイクを押し付けて席に戻っていった。 こいつ、自分の分の一言を連絡で済ませやがった。
仕方がないので、部活で演奏した昭和の歌謡曲のうちの一曲を歌い上げた。 いわゆる懐メロだ。 こういうのはネタ切れになりやすいから、初めの方で良かったかもしれない。 別に誰も聞いてやしないが、高校生活の感想を述べて次のやつにマイクを渡した。
みんなの歌を聞き流しつつ、学年主任の先生の悪口を言いながら笑っていたら、聞き慣れた柔らかな声で名前を呼ばれた。
「ねぇ、大地」
「んぁ? 」
「ナツのパート、歌えるよね? 」
美咲の順番だったのか。 俺に夏芽のパートを歌えということは、SHUN-KAの曲なんだろう。
メガネもしてないし、この曲で打ち明けるつもりなんだな。
「おう、オクターブ下でいいよな? 」
男子の最後まで回っていたマイクを受け取りつつ、ステージに向かった。 浴びせられるのは冷やかしの言葉たちだ。
「ヒューヒュー。 最後にデュエットですかい? 」
「いやー、お熱いねぇ」
「いよっ! ガリ勉カップル! 」
「うるせぇ、誰がガリ勉だ」
最後の言葉にだけ反論して、美咲の隣に立った。 メガネを外しているから、もうバレてもおかしくなさそうなもんだが、薄暗いせいかみんな気にしていないようだ。
美咲は最後に俺と目を合わせて、カラオケのリモコンを操作した。 不安と期待が入り混じったような目だった。
「出席番号 35番、春山美咲、まずは歌います。 SHUN-KAの『ハッピーハッピーホリデー』です』
美咲は、歌いながらも勝手に体が動いている。 俺もそれに合わせて覚えていた振り付けを隣で追いかけていた。 手を合わせるところなんかも完璧に合わせられたから、自分で自分を褒めてあげたい。
歌って踊ったあと、クラスメイトからは驚きの声が上がった。 半分は俺を茶化す声だったが。
「春山さんすごーい! 」
「歌、めっちゃ上手いんだね! 」
「菊野君もなんでそんなにダンス完コピなの」
「流石千春推し! ハモリも完璧だったな」
「春山さんなんて、まるで本物みたいな歌だったよ……ね? 」
明るくなった室内では、美咲がメガネを外して『岬千春』っぽいこともよく見えるようになっている。 こうなれば、あとは時間の問題だろう。
「あれ? 春山さん、コンタクトだと雰囲気変わるね」
「可愛い〜。 でもどこかで見たような」
「ホントだ。 それこそ岬千春ちゃんに似てない? 」
「だよねー。 ほらこの画像なんてそっくり」
「……あれ? ちょっと似すぎじゃ……?」
本人映像をバックに歌った『ハッピーハッピーホリデー』だ。 美咲がそれに瓜二つであることもわかるだろう。 スマホを片手にざわめく女子たちに男子たちも気がついて、ほぼ全員の注目は美咲に集まっている。
美咲のマイクを持つ手に力が入った。 そして、一言。
「みなさんこんばんはー! SHUN-KAの岬千春ですっ! 」
「えええええっ!?」
「なになにどういうこと? 」
「うおおおお、マジか! 」
「なんで? なんでココにいるの? ドッキリ? 」
反応は千差万別だった。
大多数は半信半疑で、その真偽を自分の目で確かめようとステージに押し寄せてきた。 そうして出来た人だかりに押されてバランスを崩し、尻餅をついてしまった。 尻餅なんていつぶりだ。
「ちょっと、大地大丈夫? 」
美咲は俺が座り込んでしまったのに気がついて、こちらに手を伸ばした。
「――いてて。 みんなすげーな。 備品とか壊したらシャレにならんぞ」
「ちょっとみんなー、落ち着いてくださーい。 席に戻ってー」
美咲の手を取りつつ、あまり手に体重をかけないように立ち上がった。 ステージ脇にいっぱいあるカラオケの機材に当たらなくてよかった。
ざわめきは収まることはなかったが、クラスメイトたちはのろのろと散ってソファ席へと戻っていった。 クラスメイトだから大丈夫だろうと甘く見ていた自分に腹が立つ。
「そんなわけで、あたしは岬千春として芸能活動をしてます。 クラスのみんなには隠したままでごめんなさい。 最後の日なので、報告でした」
みんなスマホで検索して写真やらを見て、美咲と見比べているようだったが、スマホのカメラを向けてくる人はいなかった。 それはそうだろう。 隣でブスっとした顔で腕を組んで立っている奴がいるんだから。
そんな中、一人の男子が美咲に質問の声を上げた。
「千春ちゃんって……彼氏いるって本当? 」
「それは、その、うん。 記者会見したとおり。 ここにいる大地が彼氏だから」
「なんで菊野なんだよー」
「マジかよ」
「脅迫されてるとかじゃねぇの? 」
「それだな。 秘密をバラすとか言って」
美咲の即答に男子たちからの罵声の嵐が起こった。
お前ら、俺が美咲と付き合ってるの知ってるだろうが。 ま、美咲がアイドルだと知ったから、羨ましがってるだけといったとこだろう。
さて、この場をどうやって収めるかな。 現時点で一番美咲が発言力あるんだから、美咲がなんか言うしか収まらないんだけど、みんな聞く耳持つかな。
そう思って美咲を見ると、口を真一文字に結んでいる。 ――怒ってる?
「あたしが大地を好きなんだから、悪口言わないでっ。 大地っ! 」
美咲は急にこちらを向くと、その艶やかな唇で俺の口を塞いだ。
「ん? ――むぐっ!? 」
突然キスシーンを見せられた連中は大騒ぎだ。
俺に浴びせられる罵詈雑言が許せなかった、といったところなんだろうが、怒りにまかせて見せつけるようなことをするなんて初めてのことだ。
「美咲、なに怒ってんだ。 らしくないぞ」
「だって! 」
「なに言われたって平気だから。 な?」
ぽんと美咲の頭に手を乗せると、美咲はハッとしたように俺を見てから、俯いてしまった。
さっきまでの喧騒が嘘のように静寂が包んだ。 それを打ち破ったのは茶化すようで、優しい言葉だった。
「ちょっとアンタたち、部屋にエアコンいらないくらい暑いんですけどー」
「そうですわね。 そういうのは自分の部屋でやってくださいます? 」
「う……うるさいっ。 もう引っ込むわよっ。 大地っ」
「なに怒ってんだよ」
周囲からの視線を集めつつ、女子グループの端っこに連れてこられた。 さっきの言葉を投げてきた矢口と北条のいるところに。
「美咲ちゃんや、アナタ、人前でキスするような趣味だっけ? 」
「ごめんなさい」
「有名人である自覚を持つべきですわね。 みなさん唖然としていたから、写真を撮られたりはしていないでしょうけど」
「すみませんでした」
「ちょっと美咲らしくなかったかな」
「申し訳ございませんでした」
美咲はまさに平身低頭、平謝りだった。 また三人組できゃいきゃい話し始めたのを見届けて、また元いた席に戻ると、今度は俺が囲まれる番だった。
美咲とのことをベラベラと喋るつもりはないから、あしらい続けるのに苦労したが。
「田中っ、そろそろ締めてくれ」
「しょうがねーな。 よーし、委員長! 締めてくれ!!」
田中も興味津々にしていたくせに、俺に気遣ってくれたのか締めの段取りをしてくれた。 なんだかんだいい奴だ。
委員長の締めの言葉で、長かったクラス会と短かった高校生活は終わりを告げた。
今更ながら高校生活を思い出す。 中でも多いのは、やっぱり美咲との思い出だ。
「さっ、大地、帰ろっか」
世界で一番綺麗な笑顔を見せた美咲の手を取って、同じスピードで駅へと歩を進めた。
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