第11話 二人の帰り道

 俺が初めて参加する高校の文化祭は、所属する部活で参加するケースとクラスの出し物に参加するケースに分かれる。文化部に所属する生徒は部活で参加して、それ以外の運動部や部活に所属していないいわゆる帰宅部はクラスで参加するスタイルだ。

 吹奏楽部や軽音楽部はそれぞれコンサート、ライブといった名称で発表をするし、写真部や美術部は展示会を催す。俺は吹奏楽部のコンサートで参加するため、クラスの出し物は”公欠”の扱いをしてくれるということらしい。


 ウチのクラスの出し物は『ドーナツ屋さん』をすることになった。ちょっとおもしろそうだとは思ったものの、さすがに当日のシフトに入ることはできない。というわけで、パートリーダーの内山先輩に1時間遅れることを伝えて、準備だけ参加させてもらうことにした。


 あと数日に迫った今日は、田中や山田など男子の一部は買い出しに行ったようだ。さすがにこのあと部活がある俺はそれができないので、店舗になる教室の飾り付けを手伝っていた。クラスの女子が作ったであろうペーパーフラワーを窓枠につけていく。


「春山、この辺でいい? 」

「もう少し上かな」

「こんなもんか? 」

「うん、ありがとう。 背の高い男子が買い出し行っちゃったから助かったよ」


 かくいう俺も身長は大して高くなく160cmはない。 春山よりは数cm高い程度だ。もう少し身長は欲しいところだが、両親もさほど高くないので期待できない。


「大して変わらんだろうが。 嫌味に聞こえるぞ」

「ち、違うの。 そういうつもりじゃなくって」

「おー、焦っとる。 わかってるよ、 春山がそういうこと言うやつじゃないって」

「もう、いじわる! 」


 反応が素直な春山をからかいながら、飾り付けを続ける。 運動部でも大会が近いクラスメイトもいるらしく、人手は足りていないようだった。 当日参加できないぶん、少しは貢献できただろうか。そんなことを考えていたら、教室にかけてある時計はもう5時を知らせていた。


 今日は6時から最終下校の7時半まで合奏だ。 それまでに少し楽器を鳴らしておかないと。 そろそろ終わりにして、部活に行かなければならない。


「悪い、そろそろ部活行くな。中途半端でごめんな」

「ううん、本当に助かったよ。 もうすぐ買出し組も帰ってくると思うから」

「んじゃ、あとは頼んだ。 これにてさらば! 」

「いってらっしゃい」

「いってきまーす」


 柔らかな笑みを浮かべる春山にそう言い残して、クラスを後にして部室に向かう。部室では、合奏前の準備が始まっていた。 文化祭直前なのもあって、他にも遅れてきた部員がいたことが救いだった。


 主に5つのパーツにわかれたバスクラリネットを手早く組み立てる。 低いB♭の音から3オクターブ高いB♭まで、半音階で登りながら一息で鳴らしてみる。


(よし、指はよく動いてる)


 次は基準のB♭のロングトーン。 続いてFの音も。 チューナーで音程も合わせておく。心なしか快調な気がする。


 一連のローテーションを終えたところで、先生が部室に入ってきた。いつものように挨拶を始める。


「よろしくお願いします」

「よろしく。 さっそく文化祭の曲、ネズミから行くぞ」


 先生が指揮棒を振る。前奏が始まって、ピッコロやフルート、オーボエと木管楽器の高音を担う楽器からネズミのマーチを奏でていく。


 程なくすればクラリネットの順番だ。パートリーダーの内山先輩のソロに続いて俺もソロを吹く。先生は、――特に反応していない。良くも悪くもない、といった感じなのだろうか。


 曲は後半にかけて盛り上がり、多くの楽器が音量を上げ、最後のフレーズを終えた。


 先生が口を開く。

「できは悪くないな。 当日も心配ないだろう。 そうだ、菊野」

「は、はい! 」


 急に名前を呼ばれて、ビクッと体を揺らす。


「1年でソロはお前だけだな。楽器の紹介がてらこの曲終わったら一旦前に出させるから、なんかワンフレーズ吹けるように用意しとけ」

「わかりました。 ジャンルは何か指定あるんですか? 」

「特にないが、多くの人が知ってる曲の方がウケはいいな」

「はい。 何か考えておきます」


 そう聞いた先生は満足げにうなずいた。そして、合奏の続きに戻る。


(ワンフレーズか。 何がいいんだろうなー)


 合奏を終えると、最終下校まであと10分に迫っていた。楽器の水分を拭き取り、慌てつつも丁寧にケースに戻す。 楽器を倉庫部屋にしまって、代わりにカバンを持つ。


 急いで昇降口まで行ったところで、後ろから声をかけられた。 このフルートのような上品で柔らかな音色は春山のものだ。


「部活お疲れさま」

「おう、春山も今帰りか」

「そう。こんな時間になっちゃった」

「一緒行くか」

「うん」


 ウチの高校はすぐ地元に住んでいる生徒が多く、自転車での通学が7割を占める。 他の3割が電車であり、そのほとんどが京玉線の沿線だ。


 校門を出て駅に向かって歩いていると、後ろから誰だかわからない自転車組に追い越される。ラブラブなお二人さんお疲れー、と言った揶揄いの声を残して。


「違いますって! 」


 慌てて否定するものの、自転車はもうずいぶんと先まで行っており、聞こえてないだろう。春山はくすくすと笑っていたので、気分を害したわけではなさそうだ。


「ずいぶん遅くまで準備やってたんだな」

「あたしは、文化祭当日出られないから準備だけでも頑張ろうと思って」

「え!? そうなん? 」

「ちょっと、家庭の用事でね」

「せっかくの文化祭なのに残念だな」

「え? う、うん」


 部活に入っていない春山にとっては数少ないイベントだろうに、あまり悲観的でないのは意外だった。家庭用事がとっくに決まっていて、心の整理がついてたとかなんだろうか。

 駅の前の大通りにさしかかったところで、しばし信号待ちになる。 この信号は待ち時間がとても長い。 さっき、先生に言われたワンフレーズの悩みを聞いてみることにした。


「来られない春山に聞くのも悪いんだけどさ、コンサートのソロでワンフレーズ吹くように先生から言われてさ。 いろんな人が知ってる曲でなんかいいアイデアない? 」

「菊野くんってバスクラでしょ? そしたらあれどう? CMでやってる『あ〜ったかコーンスープ♪』ってやつ」

「おお、いいな。 それなら俺でも知ってる。 元の曲もバスクラだよな」



 ワンフレーズの悩みに光明がさして来たところで、信号が青に変わった。春山は自分の案が褒められたことで、少し自慢げにこちらにスマホを見せながら歩き出す。


「いいでしょう? ほらこの動画」


 と、春山が発した言葉が俺の届く前に、耳をつんざくようなクラクションの音が鳴り響き、周囲が急に明るくなる。



 えっ!?、と思ったその時には、春山は横断歩道に踏み出していた。

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